エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち
本ブログから誕生した物語、出版します! いよいよ、本ブログで連載した「エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち」あらため、 「山と電波とラブレター」 というタイトルで、11月ごろに全国の書店で発売します。 いやあ、長かった校正作業も間もなく終了し、…
僕のパソコンの壁紙はこの旅の後から牧場の月夜になった これがサン・イシドロ・チチウィスタンという村の、とある牧場で過ごした三泊四日の一部始終だ。 チアパス州奥地の森の中に、どうして遠いヨーロッパから人がやってくるのかと、最初は不思議に思った…
嬉々としてトラクターに乗り込む僕 三日間寝泊まりした「納屋風小屋」の裏まで、車を移動してもらっている間に、母屋からサムエルとステファニーと一緒に並んで歩いた。サムエルが最後に緑のトラクターに乗れと僕に言った。そして僕のカメラを手に取った。 …
母屋の外にはいつもスクービーがいた 食事もすべて済ませ、ステファニーにタクシーを呼んでもらうよう頼んだ。 だけど、この宿がいつも声をかける隣村の運転手は、ボイスメッセージを送ってもいっこうに返事をしてこない。結構真面目なおじさんだと聞いてい…
一夜明けたクリスマスツリーは、元気に天井まで届いている 夜が明けたクリスマス当日の朝八時ごろ、身支度をすっかり済ませた僕は、とうとうメキシコシティに戻らなくてはならない。 母屋の前ではいつも通り、中に入ろうと控えている猫たちが待っている。何…
がやがやと笑顔が絶えないテーブル そのあとは僕もデイビッドもそれぞれの「芸」が終わり、肩の荷が下りたせいで、ぐいぐいワインをあおった。 いつの間にかラテンのダンスミュージックがかかり、踊りが始まった。娘二人、ゾエもシャヤンもアメリカ人とフラ…
デイビッドのアルペジオがクリスマスイブにしみわたる 僕が歌い終わってしばらくおかずをつまんでいると、デイビッドが彼の持ち歌「ハレルヤ」をギターで爪弾き始めた。僕は昼間に彼と二人でいるときに、お互いどんな曲を弾くのかを見せ合っていた。そのとき…
もはや僕にとってホストファミリーとなったステファニー家族 そして二曲目はマルコ・アントニオ・ソリスというメキシコ人歌手の「トゥ・カルセル」を選んだ。二十年以上も前の曲だけど、メキシコで大ヒットした曲は、いつまでもラジオで流れ続けるから世代を…
丸太で作られた長いテーブルの全席が埋まった みんなが注目して静まりかえる中、僕は坂本九の「見上げてごらん夜の星を」を一曲目に歌うことにした。オリジナルバージョンはほとんど聞いたことがないのだけれど、平井堅がカバーしているのを聞いて、自分でも…
巻きずしは子供たちがあっという間に平らげた 辺りが暗くなり始めた頃、「メリークリスマス」という乾杯でディナーは始まった。すでにワインを飲みながら準備をしていたので、がやがやとにぎやかだ。クリスティーナは英語が話せないし、サムエルのスペイン語…
パーティーは持ち寄りでがやがやと準備が進んでいった ところでイギリス人のマットはゾエやシャヤンのことを小さな時から知っているお兄さんだ。ユカタン半島のカンクンから南に一時間ほど南下したところにある、トゥルムという小さなビーチリゾートに住んで…
森にはいくらでもクリスマスツリーになりそうな木が並んでいる 母屋のキッチン兼食卓の周りには、久しぶりに会った友達同士の近況や初対面のあいさつで、華やいだ空気が充満している。 松ぼっくりに娘たちが色を塗って作った飾りを、そこらへんでサムエルが…
キッチンには地元の野菜や果物が無造作に並んでいた 僕は鉄鍋にざるで洗ったお米と水を入れ、コンロの火をつけた。鍋とふたには微妙な隙間があって、ぴったりとはまらず、蒸気が予想以上に漏れ始めた。だからステファニーと相談して、蒸気が出ているところに…
キッチンではかわるがわるシェフが登場する その日の夕方、まだ日が暮れる前なのに、パーティの準備で母屋はにわかに活気であふれていた。台所ではこの村の人口密度が局所的に史上最高を記録していたに違いない。 クリスティーナおばさんを含めた牧場の家族…
クールな部屋でも夜は寒い。窓にガラスがまだはまっていない。 そんなデイビッドの引っ越し荷物の中に、小さなギターケースがあった。 実は彼らの部屋を初日に見せてもらったときに見つけて気になってはいたのだが、特に触れずにいた。でも僕は楽器が大好き…
山道では誰ともすれ違わなかった。 一時間も歩き回っていたら、エバーグリーン牧場にいつの間にか戻っていた。途中、何度も「ほら見て家だよ」とチェペは教えてくれた。だけど、結局ステファニーが言っていた「丘から見える村の美しい景色」らしきものは見当…
働いてばっかりだよ、と兄は笑った。 散策ツアーと言っても、山道を登ったり下ったりたりする、まったりとした散歩でしかない。ただ道に迷わないように、地元の少年たちが付き添ってくれる。「畑仕事を手伝ってんのか」とか、「坂道歩くのは疲れないか」とか…
スクービーはずいぶん嬉しそうに山道の散歩についてきた。 その日、つまりクリスマスイブのメインイベントは夕食だ。僕はこの広い牧場でいろんな国の人達と一緒に食べるディナーにゲストとして招待されている。 でもそれまでには二時間ほど時間があるのでス…
馬に悪気はないが、突然全速力はかんべんしてください。 そんな風にいろいろと試行錯誤しているうちに、本当に一度だけ、馬が言うことを聞いたのか、ただの気まぐれか、突然スピードを上げて馬場を全速力で駆け出した。最初はちょっと走ってみたという感じだ…
シャヤンは完全に白馬と一体化した クリスマスイブのその日、馬術の師匠サムエルに、今日は何をしたいかと聞かれたので、「ギャロップ」の仕方を教えてほしいとリクエストした。 ギャロップとは馬が全速力で走るときの足の運びで、日本語では襲歩(しゅうほ…
キッチンは共用、冷蔵庫はない。 母屋で家族のみんなと二日目の夕食を済ませた僕は、また暖房のない寒い小屋の中で目のすぐ下あたりまで毛布に潜り込んだままぐっすり眠り、クリスマスイブの朝を迎えた。そのころには喉の痛みはすっかり消え、爽快な気分で隣…
ステファニー直筆の地図は力作だった。 小屋に戻り、紅茶で一服しようと共有キッチンでお湯を沸かし始めた。 持ってきた読みかけの小説と備え付けのティーカップを手作りの木製テーブルにのせ、やかんから湯気が出てくるのを待ち、リュックからステファニー…
谷間に溶けるように沈んでいく夕日。 山に入ると民家もなくなり、十分ほどトウモロコシ畑の横にできた山道を歩いた。ここをしばらく進んで分からなかったら牧場にさっさと戻ろうと半ばあきらめかけていた時に、携帯電話の電波受信状況を示すバーが一本だけ立…
牧場の裏手から僕は携帯電話の電波を目指した。 小川があると聞いていたので、探したが、見つけることができたのは今にも乾いてしまいそうな水の流れだけだった。その上に橋があると地図に描かれているが、橋というよりは、道の下にその水が通っているだけの…
トウモロコシ畑の向こうに日は沈んでいく ところで、エバーグリーン牧場の周辺は、携帯電話の電波が届かない。ただWiFiのモデムが設置されているので、母屋だけはインターネットがかろうじて使える。ただし接続は限定的で不安定だ。 だからこの家族は友…
愛すべき家族のみんな。 「でも、どうしてこの牧場のことを知ったの?」 昨日のバーニャと同じ質問をクリスティーナは僕に投げかけた。そりゃ他にも有名で魅力的な観光地がわんさかあるチアパス州で、わざわざ不便な思いをしてこの牧場にたどり着く日本人は…
クリスティーナは最高のおかあさんだった。 ステファニーが今日のセッションはどうだったかときいてきたので、山の中も泥の中も面白かったと僕は答えた。 「泥の中に入っていったの? そりゃクレイジーだわ」 彼女はあきれたようにため息をついて苦笑いした…
山のツアーが終わった。ひと風呂浴びるか。 スリルと胸のすくような爽快さを味わった、この森の中の乗馬ツアーは結局一時間半ほど続いた。そして日が傾き始め、山から牧場に戻る砂利道で、馬から降り、歩きながら手綱を引くサムエルがぼそりと言った。 「乗…
山はいつも雲が近い。僕らは森の中で馬の背中にしがみついた。 その一方で、ゆっくり歩いているときには、油断していると突然立ち止まった馬は地面の草をぶちぶちとむしって食べ始める。馬たちにとっては牧場の敷地内が、サラリーマンでいうところの「職場」…
広大な敷地には不思議な方向に枝が傾いた大木がある。 「馬たちは牧場で走るのはあまり好きじゃない。とにかく山で自由に走りたいんだ」 サムエルは馬術レッスンの間、何度も言った。彼によると牧場の馬場を歩いている間、馬は仕方なく仕事をしているのだと…