3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち 出版決定!!

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本ブログから誕生した物語、出版します!

いよいよ、本ブログで連載した「エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち」あらため、

 

「山と電波とラブレター」

 

というタイトルで、11月ごろに全国の書店で発売します。

 

いやあ、長かった校正作業も間もなく終了し、いよいよ出版準備大詰めです。

 

今は、そう簡単に旅行できる状況にありませんが、この本で3泊4日の旅を疑似体験していただければ、そんなに光栄なことはありません。

 

巻頭カラーページ、各章にも白黒ですが写真を入れております。

また、具体的な発売日が決まりましたら、この場でご報告します!

 

私はメキシコにいるので、日本の書店で並ぶ様子が見られないのは残念ですが、少しでも手に取ってくれる方がいればいいなあ、と今から不安と期待でいっぱいです。

 

吉川 真司

 

第64話 エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち(最終回)

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僕のパソコンの壁紙はこの旅の後から牧場の月夜になった

 

これがサン・イシドロ・チチウィスタンという村の、とある牧場で過ごした三泊四日の一部始終だ。

チアパス州奥地の森の中に、どうして遠いヨーロッパから人がやってくるのかと、最初は不思議に思ったが、今ではその理由がよく分かる。

 

「イタリアからメールが来てね、新年をここで過ごしたいって」

 

 ステファニーは僕がメキシコシティに帰る最終日の朝も、メールで入ったこの牧場のリピーターからの宿泊依頼に、あわただしく返答していた。

一度この場所を訪れた人にとってこの牧場は、まるで仲のいい親戚の家みたいにいつでも戻れる場所の一つになるのかもしれない。このイタリアの夫婦がたぶんそうだったように、やっぱり僕も「今度はいつ戻ってこられるのかな」、とかなり具体的なプランを思い浮かべながら帰路についた。

 

タクシーでサン・クリストバルに向かった僕は、そこから空港のあるトゥクストラ・グティエレスまでの大型長距離バスに乗り込んだ。

往きより少し余分にお金は使ったけれど、何とか当初の誓い通り安い交通手段を乗り継いだ僕は、旅行前に届いた牧場からの「挑戦状」に、勝手に勝利宣言をした。そして年末間近のメキシコシティの自宅に戻ってからも、エバーグリーン牧場で過ごした時間を、「ハレルヤ」のメロディを口ずさみながら思い出していた。

 

(おわり)

 

 

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エバーグリーン牧場とゆかいな仲間たち」の連載は以上で終了です。

長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

僕は彼らの回し物でも何でもありませんがエバーグリーン牧場のWebサイトのリンクはこちらです。

 

El Rancho Evergreen

 

 

吉川真司

第63話 故郷が一つ増えたみたいだ

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嬉々としてトラクターに乗り込む僕

三日間寝泊まりした「納屋風小屋」の裏まで、車を移動してもらっている間に、母屋からサムエルとステファニーと一緒に並んで歩いた。サムエルが最後に緑のトラクターに乗れと僕に言った。そして僕のカメラを手に取った。

 

「トラクターと牧場の記念撮影だ」

シャッターを何度も押し、僕にどうだと撮った写真を見せた。トラクターの上の僕は満足そうというよりは恥ずかしくて居心地の悪そうな表情をしている。そして僕らはお別れのハグをした。

 

「昨日の歌、素晴らしかったよ。今度はいいギターを俺が用意するから、他の歌も練習して聞かせてくれ」

 

 お世辞でもうれしい言葉に、僕は「了解、そうする」とだけ答えた。道路に面した牧場の柵の近くで、タクシーの運転手と話していたステファニーは、僕がサムエルと別れの挨拶を済ませたのを見て、僕のほうに笑顔を向けた。何となく照れくさそうな笑顔で、

 

「私たちテストに受かったかしら。今度は家族連れてきてくれるよね」

 

と笑いながら言った。

 

「もちろん合格だよ。今度家族と来るその時まで」

 

そうお別れのあいさつをして、僕はタクシーに乗り込んだ。車に乗るのがずいぶん久しぶりに感じた。 

 

エバーグリーン牧場を後にしてサン・クリストバルに向かうタクシーで、未舗装の道をゆっくりと走ると、往きと同じ「制限速度、時速二十キロ。スピードオーバーは罰金千ペソ(六千円)」と書かれた看板を急カーブや断崖と接する道で何度も見かけた。

タクシーは砂利道の小石たちを、往きと同じようにぺちぺちこんこんと跳ね飛ばしながらゆっくりと進んだ。珍しく後部座席に座った僕は、この土地で人と知り合い、愛着ができた村の風景を眺めていた。

サン・イシドロ・チチウィスタン村の集落もそろそろ出口に差し掛かり、家屋がまばらになってきたところで、なかなかに薄汚れた服を来た初老のおじさんが道に倒れているのを四人の男が囲んでいた。

 

「何かあったの?」

 

僕は運転手に聞いた。

 

「ああ、酔っ払いだよ。昨日はクリスマスイブだったしね」

 

二つ隣の村に住むタクシー運転手の青年は、なぜそんなことに興味があるのか不思議そうにしていた。

 

「そういえば昨日、この村の男が一人刑務所に入れられたらしいよ。女の子に乱暴しようとして取り押さえられたらしい」

 

僕はその時エバーグリーン牧場に到着した夜に聞いた、教会から響く大音量の説教を思い出した。

 

「酒を飲みすぎちゃあいかん。結婚したら他の女に手を出しちゃあいかん」

 

牧師のだみ声が、遮るものが何もない空に、号砲のように響いていた。この小さな村でも男が酒におぼれ、酔った勢いで女性にちょっかいを出して捕まるのであれば、牧師の説教も時には必要なのかもしれない。

第62話 エバーグリーン式 タクシーのつかまえ方

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母屋の外にはいつもスクービーがいた

 

食事もすべて済ませ、ステファニーにタクシーを呼んでもらうよう頼んだ。

だけど、この宿がいつも声をかける隣村の運転手は、ボイスメッセージを送ってもいっこうに返事をしてこない。結構真面目なおじさんだと聞いていたが、ステファニーの見立てどおり、前夜のクリスマスイブでどの家もパーティをしていたはずで、ほとんどの村人はまだ起きていないのだろう。

仕方ないので前日のゲストだったドイツ人のセバスチアンに声をかけてくれることになった。その日彼が用事でサン・クリストバルまで行くので、そこに便乗してはどうかとステファニーから提案があったのだ。セバスチアンはその朝ドイツ人宿泊客三人をサン・クリストバルまで連れて行くというのだ。

 

ステファニーが携帯電話からボイスメッセージを送信し、返事を待つと、間もなくセバスチアンから返答があった。

 

「十時半でよければ、喜んで乗せていくよ」

 

だけど僕はいつでも出られるように、もう身支度を済ませていたので、これから一時間も待つ気はなかった。

ああだこうだと二人で考えていたら、思い立ったようにステファニーが外に出て行き、間もなく母屋の裏でタクシーを捕まえて戻ってきた。牧場の脇の道でタクシーを止めることにまんまと成功したようだ。

たまたまその運転手はサン・イシドロ村まで乗客を乗せてサン・クリストバルから来たところで、誰も乗せずに回送するところだった。だから、料金だって二百ペソ(千二百円)で、サン・クリストバルまでダイレクトに向かってくれる。乗り合いタクシーを乗り継いだ往きより当然少し高い。だけど一番近いベタニア村まで一人でタクシーに乗ると百五十ペソかかるのだから、相場よりはだいぶ安い。

僕はそのタクシーに乗ってサン・クリストバルを目指すことを即決した。これを逃すと今度いつどこで車を捕まえられるか分からない。何しろクリスマスなのだ。

娘たちシャヤンやゾエ、それにクリスティーナおばさんはまだ寝ているみたいだし、三日間一緒に乗馬を練習したバーニャやデイビッド、特別ゲストのイギリス人マットとも挨拶はできなかった。だけどまあ、いつかどこかで会える日がきっと来るに違いない。

第61話 3泊4日の旅が終わる朝

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一夜明けたクリスマスツリーは、元気に天井まで届いている

夜が明けたクリスマス当日の朝八時ごろ、身支度をすっかり済ませた僕は、とうとうメキシコシティに戻らなくてはならない。

母屋の前ではいつも通り、中に入ろうと控えている猫たちが待っている。何とか足でブロックしながら扉をすり抜けて中に入ることに成功した。そして三日間お世話になったステファニーに最後の朝ご飯を作ってもらった。そして起きたばかりでいつも以上にもしゃもしゃ頭のサムエルに「グッドモーニング」と挨拶をした。

その日の朝食もやっぱりフルーツ、ヨーグルト、クレープとコーヒーをお願いした。肌寒い高原の朝の空気の中で、チアパス産のコーヒーから立つ湯気が鼻先を心地よくかすめた。

最後に滞在中追加で頼んだワインや、山への乗馬ツアーの追加精算も済ませた。ステファニーはサムエルに馬術セッションの代金を確認して、もう支払いそびれいているお金はないことがわかった。僕はどの旅先でも念のため領収書をもらう癖がついている。

でもエバーグリーン牧場には、経理システムから発行されるような統一書式の領収書なんてない。だから、ステファニーが白いコピー用紙に直筆で滞在費用を書きとめて、一番下にサインをしてくれた。

 

サンクリストバル・デ・ラスカサス

エバーグリーン牧場

2018年12月25日

 

宿泊、食事、馬術アクティビティ代金 3780ペソ

マネージャー ステファニー・ドアレゴン

 

「これでいいかしら。『マネージャー』のステファニーって書いておいたからね」

 

別に役職も何もないんだけれど、と照れくさそうに笑った。おかしくて僕も大笑いした。

 

「ただマネージャーという言葉が好きで、書いてみたいだけなのよ」

 

 僕のように領収書をくれなんていう旅行者は、エバーグリーン牧場

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手書き領収書には女将のサインとともに「マネージャー」と書かれていた


には来ないようだ。

そしてこの三泊四日の滞在費合計金額は日本円でだいたい二万二千円だった。これが安いか高いかは、初体験だらけだった僕には、もはやどうでもよかった。

 

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最終日の朝、晴天。雲が近い。

 

第60話 多国籍な夜はにぎやかに、そして静かに更けて

 

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がやがやと笑顔が絶えないテーブル

 

そのあとは僕もデイビッドもそれぞれの「芸」が終わり、肩の荷が下りたせいで、ぐいぐいワインをあおった。

いつの間にかラテンのダンスミュージックがかかり、踊りが始まった。娘二人、ゾエもシャヤンもアメリカ人とフランス人のハーフだけど、育ちはメキシコだから、結構しなやかかつリズミカルにステップを踏めるのだ。僕は隣に座っていたサムエルを、食卓の横にできた小さなダンスホールに連れ出し、彼は長女のゾエと、僕は次女のシャヤンとペアになって踊った。

 初めてエバーグリーン牧場を訪れた僕が、こんなふうにみんなと打ち解けられてよほどうれしかったのか、僕はサムエルと一緒に机をたたきながらリズムをとり、肩を組んだりしながら踊っていたみたいだ。

覚えていないのだけれど、その様子は僕のカメラに録画されていたので後から知った。いつの間にかクリスティーナが撮影していたのだ。こんな風にして僕のエバーグリーン牧場でのクリスマスイブは、不思議な人のめぐり合わせと、多国籍な料理や音楽に包まれながらにぎやかに過ぎていった。

 

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外では薪がぱちぱちと静かに音を立てていた

一人二人とその場を去っていき、僕も小屋に戻るために席を立ち母屋を出た。芝生の広い草原を横切ろうとすると、サムエルとデイビッドが焚火を前に静かに語らっていた。母屋から黄色くやわらかい明りが漏れる以外は、街灯も何もない。星と月の光のせいで暗いという感覚は全くない。

そんな静けさの中、炎がぱちぱちと音を立てて燃えあがり、二人のほりの深い横顔にくっきりと黒い陰ができている。「お休み」とあいさつを交わし、草の上を僕は再び歩き出した。そして芝生を踏む自分の足音以外は何も聞こえなくなった。

 

第59話 ハレルヤ

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デイビッドのアルペジオがクリスマスイブにしみわたる

 僕が歌い終わってしばらくおかずをつまんでいると、デイビッドが彼の持ち歌「ハレルヤ」をギターで爪弾き始めた。僕は昼間に彼と二人でいるときに、お互いどんな曲を弾くのかを見せ合っていた。そのときに一番だけ聞かせてもらっていたが、フルコーラスを聞くのはそれが初めてだった。

 

I‛ve heard there was a secret chord
(この世には秘密のコードがあるらしい)

That David played and it pleased the Lord
(それをダビデが奏でて、神様が喜んだんだ)

But you don‛t really care for music, do you?
(でも、みんなは音楽なんて関係ないんだろ)

Well it goes like this:
(そのコード進行はこんな風だ)

The fourth, the fifth, the minor fall and the major lift
(四度から五度、マイナーからメジャーへ)

The baffled king composing Hallelujah
(困惑した王は、ハレルヤを作曲したんだ)

Hallelujah. Hallelujah, Hallelujah. Hallelujah

(ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ)

 

 静かにしみるアルペジオの響きは、何やら意味深そうな歌詞に妙にしっくりくる。「ハレルヤ」はレナード・コーエン作曲で、八十年代に歌われた曲だ。でもその後たくさんの人がカバーして、そのたびにヒットするのでいろんな世代に愛されている。最後に四回「ハレルヤ」というキャッチーなフレーズが繰り返されるから、そこは必ず大合唱になる。英語を話さないクリスティーナも、そもそも歌自体を知らない僕も、このサビのパートだけは一緒に歌うことができる。

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スプーンも立派なマイクになる

四番まで続くが二番、三番は長女のゾエがソロで、僕が渡したスプーンをマイク代わりに歌った。堂々として、美しい歌いっぷりだった。そして最後の四番は、ついに真打ちデイビッドが弾き語った。終わると大歓声が起こり、そしてざわざわとにぎやかな会話が再開し、ショーの後の余韻をみな楽しんでいた。

 

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