3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

1話 チアパスからの挑戦状

はじめに

 

メキシコの南東部に位置するチアパス州のサン・イシドロ・チチウィスタン村へは、2018年12月22日からクリスマスの25日まで3泊4日で滞在した。

この紀行文は在メキシコの日系企業に勤める一駐在員が、携帯電話もつながらない山奥の村にあるエバーグリーン牧場に滞在したときの、自然や動物、人との出会いを記したノンフィクション紀行文である。

 

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エバーグリーン牧場のオープンエアのテーブルで飲むコーヒーは極上だ。

チアパスのエバーグリーン牧場に行くことに決めた

 

 エバーグリーン牧場からメールで届いた道案内は、こんなふうに始まっていた。

「最寄りのトゥクストラ・グティエレス空港から、直接牧場まで来たらタクシーで二時間1000ペソ(6000円程度)。でも、バスや乗り合いタクシーを乗り継いでくる方法もあります」

 続けてどの村でどう車を見つければいいかが詳細に書かれている。

メキシコ南東部に位置するチアパス州テオピスカ地区にある、サン・イシドロ・チチウィスタン村。そこにある大きな牧場が今回の旅の目的地だ。

スペイン語ではなく、なぜ英語で「エバーグリーン」なのかと言えば、牧場主がアメリカ人とフランス人の夫婦だからだ。事前にメールで宿を予約した時のやり取りも英語だ。

クリスマスに我が家の女性陣三名(妻と娘二人)は、用事で日本に一時帰国することになった。その不在の間にやってくるメキシコでは珍しい四連休。つまりクリスマスイブとクリスマス、その前の土日をあわせて合計4日間。

だけどメキシコシティの自宅にいたらこの時期とにかく寒い。寒波がやってきているが、一人のためにヒーターをつけるのはもったいない。それにぽつりと家にいるのは体感温度の低さと相まって、身にしみるほどさびしいのだ。

そこでせっかくだから家族連れではなかなか行けないような、遠くて得体の知れない、でも当たればフィーバーしそうなところ。加えてアットホームな家族経営で、一人でも団らんの仲間に入れてくれそうな、都合のいい宿がないかと考えているとき、思い出したのが「エバーグリーン牧場」だ。

 

旅行雑誌に登場した謎の牧場

 

メキシコの隠れた名所を紹介する旅行雑誌「メヒコ・デスコノシード」に、一度だけ紹介されたこの牧場。僕はこの雑誌を五年以上にわたって毎号買い続けたけれど、だいたいのスポットは二年ぐらいすると再登場する。

カップルで行くビーチリゾート・ベスト10」で出たかと思うと、今度は隠れたビーチスポット特集」なんかに再登場する。だけどこの牧場は珍しく、たった一回しか載らなかった。Evergreenというアメリカンな名前が、他の隠れたビーチや民芸品の名産地に混じって、ひときわ異彩を放っていた。

その記事によるとオーナー夫婦には子供がいて、二人とも女の子らしい。10代前半だから僕の娘たちと年格好も似通っている。フランス語と英語とスペイン語を自由に操るメキシコ育ちだ。外国人の親の元、メキシコで育っているところは、僕の娘二人と共通している。あわよくばこの家族と仲良くなって、将来子供たち同士が楽しそうに遊んでいる姿がイメージできた。さらにこの牧場には馬がたくさんいて、乗馬を教わることができる。

牧場のホームページの写真によると、コテージはどう見ても手作りで、動物たちの世話も家族で見ているみたいだ。そしてそこに行きつくには、まずチアパス州の中でも先住民が昔ながらの生活を続ける村が点在する、サン・クリストバル・デ・ラスカサス(長いので以降サン・クリストバルとする)まで行き、そこから車でさらに一時間進まなくてはならない。

「公共交通機関を乗り継いで行くなら、サン・クリストバルの町に着いてから中央市場まで歩いて、近郊の村に行くバスに乗り、ナタレ村で乗り合いタクシーに乗ってくださいね」

これだと面倒だし、時間はかかる。だけど僕がどんなヒッピーか金持ちか学生か若者か知らない宿のオーナーは、こう選択肢をメールで知らせてきたのだ。

 

乗り合いの旅を思い出せ

 

空港からタクシーをチャーターすれば、6000円で山奥の牧場まで乗り換えなしで直接連れて行ってくれる。でも「村人たちが使う公共のバスや、乗り合いタクシーをこまめに乗り継げば1800円ですよ」というのだ。

日本の企業の駐在員としてメキシコシティに住まいを構えて八年間、旅行と言えばビーチリゾートが中心で、常にホテルまでの送迎が空港からくっついている。おまけに宿泊費だけでなく飛行機や食事も「何でも込み」なスタイルが中心だ。そんなリゾート志向が強くなってふやけきっている僕は、このエバーグリーン牧場からの道案内の仕方に、ある種の挑戦状的な含みを勝手に読み取ったのだ。

「みなさん大変かもしれないけど、普通はここまでバスや乗り合いタクシーを乗り継いできますよ。私たちも普段村の人と乗り合いで移動していますし。でもあなたのようなお金がある人は、直接空港でタクシーを捕まえるのも手ですけど」

そんなことは一言も書いていないのだけれど、どうも空港から直接牧場までタクシーでというのは、「エバーグリーン的常識」から考えるとありえないですよねというニュアンスが暗に込められていた。

そんなゲストに対する節約おすすめの姿勢は、部屋の値段区分にもはっきりと表れている。僕が泊まることにした「納屋風の部屋(バーン・ウッド・ルーム)」にはベッドが3つあるが、はシングルベッドを借りれば1泊250ペソ(1500円)、ダブルベッドなら400ペソ(2400円)、部屋全部貸し切るなら 700ペソ(4200円)とあった。インターネットで写真を見たが、どう考えても村にあった木を寄せ集めて、自分で組み立てた手作りの家だ。

「ここに来る人は長い間滞在する人が多いので、部屋は他のゲストとシェアする人が多いですよ、大金を払ってよければ部屋を丸ごと借りることもできますけど、あなたはどうしますか」

そう宿からのメールには書いてある。でも僕はいびきや寝言で同室の宿泊者に迷惑かけるのが嫌なので、一部屋全部借りることにした。挑戦されたのに逃げだしたような敗北感を少し感じてしまう。それでも普段行くホテルから比べると、もちろんとびきり安い。

こんな手作りの宿には、チャーターした個人タクシーで直接到着するより、のんびりとバスやタクシーを乗り継いで行くほうが断然似合っている。

そんなわけで、まんまと宿からの「挑発」に乗った僕は、今回に限ってはすべて乗り合いの移動手段を選び、時間は惜しまない旅をすることに決めた。

20代の頃の僕の旅には、そもそもタクシーを個人で使うという選択肢さえなかった。例えばメキシコシティなら地下鉄を使ったし、学生時代に留学していたチアパスの隣に位置するオアハカ州なら、時刻表がない路線バスをブロックの角で人差し指を立ててとめ、他の乗客に交じって開けっぱなしの扉に急いで乗り込むのが移動の常とう手段だった。 

時が流れ50歳を目前にし、まとまった休みがせいぜい3、4日しかないから、「お金

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乗り合いタクシーとチャーターでは景色が違う。写真はチアパスの風景。


で時間を買う」という、かっこよく聞こえるが、実は細かく面倒なことについて考えるのを放棄する思考パターンが固定されるようになった。それはまるで贅肉のように僕の精神にこびりついて、離れなくなってしまっていた。ではその節約した時間で何かやるかというと、実は何もない。