3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

5話 診察料はタダなのです

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とうもろこし、食べきれないのでリュックに詰め込んだ。

そんな自然派トウモロコシをがりがりとかじりながら、また少し歩くと薬局を見つけた。ジェネリック薬品を置く、その名も「ファルマシア・アオーロ(節約しまっせ薬局)」というチェーン店だ。メキシコ全土に広がるこの薬局には、多くの場合小さな診療所が併設されていて、医者が常駐している。

無料で診察する代わりに、処方箋に必ず「節約しまっせ」式の薬が登場することになっている。この医者と薬屋の絶妙な持ちつ持たれつの関係を、僕はこよなく愛している。とにかく予約せずにタダで診てくれる医者がそこら中にいて、市民は安心して暮らせるのだ。おまけにさっきから喉が結構痛い。

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メキシコのいたるところにある節約しまっせ式薬局

タダだし、早いところ薬を飲んで風邪を治そうと待合室を覗いたら、診察室の扉が開いていた。タダだけに待つ人も多いのがこの手の診療所の常だが、どうやら今は待ち時間ゼロのようだ。

白い壁の小さな診察室に入ると、若い大柄の女医が暇そうに携帯をいじっていた。これはラッキーだ。おまけに僕はメキシコシティで、すでにこの「節約しまっせ」で医者にかかったことがあるから、患者データベースに登録されていて、最初から生年月日や氏名を繰り返さなくてもいい。とっとと診察してもらったら、あわよくば道まで聞いてやろうかと気がはやるのを抑え、まずは喉を診てもらう。

 

「はれてはいるけど、まだ何かバイ菌に感染した感じじゃないね。はれ止めと念のため抗生物質も出すけれど、もし1日はれ止めの薬を飲んで治らなかった場合だけ抗生物質飲んでね」

 

低音の声が魅力的な女医は、そう言いながらパソコンに向かうと、処方する薬の名前を打ち込み始めた。思ったより症状が軽そうなので安心した。何しろこれからさらに山奥へ進み、大自然の中で馬に乗ろうかというときに、「安静にしていろ」なんて言われたらやっぱりつらい。

処方箋がプリントアウトされ、さらに「節約しまっせ」薬局で使える、なんだかよく分からない割引クーポンが、四枚もおまけでついてきた。

「で、どこに行くの。旅行でしょ」

こちらが道案内してもらおうとしているのを見透かすように、どすのきいた声で彼女は聞いてきた。

「テオピスカの方面に行きたいけど、乗り合いタクシーがどこで乗れるのか分からないのです」

「テオピスカ? 何もないよ、そっち行っても」

女医は、「何だこの変なアジア人は」という表情を隠しもせずに、少しため息をついた。

「でも乗るならこの道を進行方向にもう少し歩いて。そうしたらタクシーが停まっているから」

 その後、彼女はチアパスにはまだ知られていない、多くの秘境があることを教えてくれた。実は彼女も旅行が好きで、僕が牧場に行くという話を聞いて、いろいろと自分の経験を話してくれたのだ。だんなさんは政府の観光省に勤めていて、未開のジャングルの中に地元の人と協力してエコツーリズムを盛り上げる仕事をしているらしい。

「私も一度連れて行ってもらったんだけれど、本当に手付かずの自然の中で泊まるのは素敵だよ」

 野鳥や野生動物が、頑張って探さなくてもそこらじゅうにうろうろしているという。彼女はだんなさんと出会ってチアパスに住んでいるが、実はメキシコ北部の海岸線沿いの出身だった。外から来てチアパスの自然に魅了されるのは、何も外国人だけではない。