サン・クリストバルから、エバーグリーン牧場のあるサン・イシドロ・チチウィスタン村に向かうには、終着地点の「テオピスカ」行きの乗り合いタクシーに乗るようにと、宿からの案内メールには書いてあった。
確かに女医姉さんが言う通り、「テオピスカ」は観光ガイドにはまず載らない地名だし、外国人が目指すべきものは何もない。だけど僕にとっては、目的地にたどり着くための目印となる地名だ。
テオピスカ方面に向かって国道190号線を走れば、まずベタニア村があり、続いてナタレ村があるはずだ。サン・イシドロ・チチウィスタン村に行くには、どちらかで降車しなくてはならない。ナタレ村まで行って、乗り合いタクシーが運よく待っていれば、そこでサン・イシドロ・チチウィスタンへ向けて国道から山道に入り、20分も行けば牧場に到着する。
僕は丁重にどす姉さんにお礼を言い、隣の「節約しまっせ」薬局で薬一式を購入した。そして一緒に買った水で薬を飲むと、ボトルと薬をリュックに詰め込んだ。さっき屋台で買ったトウモロコシもティッシュにくるんで入っている。
教えてもらった道を頭の中で反芻しながら、タクシー乗り場を目指して国道沿いを進むと、タクシーが六台ほど行儀よく列になって待っているT字路を見つけた。どうやらこれが探していた乗り場らしい。
1番前のタクシーの後部座席には、大きな荷物を膝に抱えた、いかにもこれから村に帰りますという風情の、よく日に焼けた夫婦が座っていた。3人がけの後部シートに、もう一人乗れるようにとしっかりスペースを詰めて座っている。
つまりこれは乗り合いタクシーの、乗客としてのマナーであり、ルールなのだ。その様子は、バスや電車で人が来ないことを祈って、隣の席にかばんを置く日本の高校生やおじさんたちと正反対の礼儀正しさだ。かくいう僕も、サン・クリストバルまでのバンで、ひそかに隣に人が来ないように祈っていたから偉そうなことは言えないのだけれど。
はたしてこのタクシー乗り場が正しいのか、分からずにあたりをうろうろしていると、運転席からハンチング帽をかぶった初老の運転手が出てきた。お、しめしめ、声をかけてくれるのか、と期待している僕の気持ちをまったく察する様子もなく、おじさんは近くの歩道にたむろする若い衆の話の輪に加わり、和気あいあいと談笑し始めたのだ。
きっと僕のような外国人観光客は、こんな乗り合い(言い方は悪いけどオンボロタクシー)の客にはならないと思われているのだ。仕方ないのでこちらから声をかけた。
「ナタレに行きたいんだけど、乗り合いタクシーはどこで捕まえればいいですか」
「うん? それならこいつに乗りな。ナタレは通り道だから」
客だと分かると突然おじさんの動きは機敏になった。彼は僕がころころと大切に引いてきた黒いキャリーケースを、なかなかの力強さでトランクに押し込み始めた。
でも他の荷物がぱんぱんに積み込まれているせいで、なかなか収まらない。段ボールに詰まった食料品から衣類まで、そこには先客の後部座席つめつめ座り夫婦が、地元の村に持って帰る買い出し物資がぎゅうぎゅうと詰まっている。それぞれの荷物には、ひもが無造作に十字がけされている。
それでもなんとかその埃っぽいトランクのすき間に、自分のカバンが無理やり押し込まれるのを確認して、ようやく僕は助手席に乗り込んだ。