ベタニア村の国道沿いには、みかん、オレンジ、バナナ、りんごなど色鮮やかな果物の並んだ露店がずらっと並んでいた。階段状に木箱を重ねた陳列棚にオレンジ色や黄色が並び、1番下の地面には濃い緑をした大きな冬瓜が立てられていて、その強烈な色のコントラストに思わず見入ってしまった。
家族と来ていたら立ち止まった途端、娘たちに早く行こうとせかされるところだ。でも今回は1人旅だし、誰も何も言わないから、ゆっくりカメラのシャッターを切った。
そして目の前の国道190号線を渡り、停まっていたタクシーの運転手に、目的地のサン・イシドロ・チチウィスタン村までいくらで連れて行ってくれるか試しにきいてみた。
3人ほどの運転手に聞いたが、みな150ペソ(900円)だという。1人ぐらいダンピングして安くしてくれるのかと期待していたが、彼らは協定で決められたように、まったくもって同じ金額を提示してきた。たとえこれからの道のりがいくら山奥で険しいのだとしても、トゥクストラ・グティエレス空港からサン・クリストバルまで1時間半の道のりを200ペソ(1200円)でやってきたのだ、20分の1ぐらいの距離で、値段がほぼ一緒なんて、いくら何でも妥協するわけにはいかない。
だけど目の前の国道を行き来する車は、物資を運搬するトラックや自家用車ばかりだ。いくら待っても乗り合いタクシーやバスが通りそうな気配はない。
仕方ないので乗り場があるはずの一つ先の村、ナタレまで歩いて行こうかと、ごろごろキャスター付きの黒いキャリーケースを国道沿いに引き始めた。僕が歩いている路肩のすぐ脇には、森が迫っていて道は延々と続いている。
とぼとぼと歩き始めて2分もした頃、前方にこちらを真正面から見つめるサングラスの白人女性が立っているのが目に入った。こんな辺鄙なところに外国人風の人がいるということは、僕と同じようにエバーグリーン牧場を目指している旅行者かもしれない。でもサングラス越しだからこっちを見ているかはっきりしないし、もしかしたら自意識過剰なせいで勝手に僕が視線を感じているだけかもしれない。
背後にいる誰かを見ているかもしれないので後ろを振り返ったが誰もいない。そのまま気づかないふりをして、通り過ぎようとしたら、「シンジ?」と満面の笑顔で彼女は声をかけてきた。にかっと口角を上げて笑うから、きれいな白い歯が見えている。