3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

28話 月夜に笑う馬

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納屋風小屋は寒いを通り越して冷たかった

ところで恥ずかしい話だが、この宿で過ごす初めての夜、真夜中に小便に起きた。医者に風邪のひき始めだから水を大量に飲めと言われたので、ひたすら飲み続けたせいかも知れない。

外は月の光で明るいから、真夜中でも電灯はいらない。逆に暗いのは閉鎖空間のシャワールームやトイレのほうだ。というわけで、僕はステファニーの「どこでおしっこしてもいいよ」というありがたい言葉に甘え、泊まっているコテージの、外のくさむらで立ち小便できる場所を探した。

トイレで済ませてもいいのだが、こんな広大な土地で、狭く暗い空間に入ってするのは、男に生まれた以上もったいないとも言える。トイレで小便をすると、そこに集中して汚物をためてしまうので、かえって不衛生な気もしていた。

だから昼間にも外で用を足そうとしたのだけれど、あまりにも見事な平地には、完全に腰から下が隠れるような草むらが見当たらなかった。もし誰かと目が合ったら、お互い相当気まずいだろうと考えて遠慮していたのだ。

その夜の何十年ぶりかの立小便は、開放感とは裏腹に、誰かに見られたらどうしようという不安があった。そして誰かがやっぱり見ていた。僕が迷った末に選んだ草かげのすぐ脇には、昼間あまり気にしていなかったが馬小屋があり、生き物の気配を感じたのだ。そこにはなぜか起きている馬が木枠の上から顔をのぞかせていた。

「ちょっとごめんねえ」と言いながら用を足す僕の顔を、その茶色の馬は、何度も小屋の中を行ったり来たりし、たまに柵の上に顔をのせながらうれしそうに見ていた。夜に1人、いや1頭きりで隔離されてさびしい中に、人間がひょっこり現れたその夜。なんだか無害そうなやつだと思ったら、おしっこをし始めた。

まあいいや、暇だし。そんな好奇心にあふれた表情が月明かりに照らされていた。昼間のセッションでは見なかった馬だから、まだ馬術教室にはデビューさせてもらえていない若い馬なのかもしれない。上を見上げると都会の常夜灯よりずっと明るい月が光っていた。