3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

30話 英語だろうが、日本語だろうが、スウェーデン語だろうが・・・

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剣山のようなブラシや蹄から石をかき出すピックたち。

 

その日、僕以外に馬術セッションに参加したのは四人だ。初日から一緒のバーニャやデイビッドのサンフランシスコ組に加え、新しくスウェーデン人の若いカップルが日帰りで加わった。

 

「シンジ、今日のメンバーは全員英語を話すから、分からなかったらちゃんと会話を止めて聞くのよ、黙っていたらだめ」

 

食卓を離れ、母屋を出ようとする僕にステファニーが念を押した。僕と同い年か、もしかしたら少し下のはずなのにまるでお母さんみたいだ。すでにサムエルとは英語が中心になっていたけれど、「分かった、ありがとう」と伝えてグループに加わった。

初日にステファニーから聞いた通り、この牧場の噂は欧米の旅行者たちの間で確かに広がっているようだ。

その日新加入したスウェーデン人の男のほうは、早速サムエルによって「アクセル」というあだ名がついた。どうやら金髪で肩のあたりまで髪を伸ばした姿を見て、ガンズ・アンド・ローゼズのボーカリストアクセル・ローズを思い出したみたいだ。元祖のロック歌手より小ぎれいで、少しワイルド感は足りないが、言われてみれば似ている。

小柄なスウェーデン製「アクセル」はずっとつばのついた黒い帽子をかぶっていた。彼は家屋の塗装を生業にしているが、3か月も連続で休みを取れたので、メキシコからグアテマラをめぐって旅をしている途中だ。1年のうちの4分の1が連休なんて、日本の小学校の夏休みでさえ1カ月なのだからうらやましいと思う一方で、休暇が終わってからの社会復帰はさぞ大変だろうなと心配になった。

一緒に参加したガールフレンドのアンナは北欧系金髪美形だが、やはりサムエルからはあだ名はつかなかった。そして2人そろって小柄でかわいい。

サムエル先生は新入りの2人――と言っても僕も前日に着いたばかりだけど――がまだ「自然と触れ合うイントロダクション」を経験していないので、僕らはまたしても乾いたトウモロコシをばらばらと乱暴に地面にばらまくところからセッションをスタートした。けたたましく地面をつつくニワトリのくちばしを目で追いながら、一通り餌がどう自然の中で循環しているかについて、サムエルの持論に耳を傾けた。

そしてそれぞれの生徒が馬小屋から慎重に馬を外へ出し、ゆっくり各自のパートナーを牧場の中央まで連れ出した。柵から馬を出すときは、必ず自分が先に出て、その後で馬を外へ誘導しなくてはならない。そうしないと人間も馬も木枠に挟まれてけがをするかもしれないからだ。

僕らはそんなサムエルの言葉に忠実に従いながら、草原の真ん中に何本もたった木柱に手綱をつないだ。馬の鼻面に頭絡をかける方法から、背中に乗せる鞍の解説まで、その日もサムエルの説明は丁寧で熱を帯びていた。

 

「馬にはやさしく話しかけろ。あんたらが言っている言葉が日本語だろうが、英語だろうが、スウェーデン語だろうが関係ない。何語で話しても、馬は声のトーンで人間の思っていることを敏感に感じ取るもんだ。これは本当だ。だから信頼関係を作るのに話しかけるのは一番大事だ」

 

そう言いながら、ブラッシングや足の裏の掃除をする教え子の僕らを順番に手伝った。膝の関節を曲げさせて馬の足の裏の土や小石をピックでかき出す作業は、相変わらず力が相当必要だ。