3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

32話 体重移動

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草原の真ん中まで来ると、サムエルは僕ら五人に車座になって座るように言った。いつの間にか目の前にやってきた犬をつかまえてなでている。そして太陽の光が植物を光合成させ、それを動物が食べて命が循環していくだとか、水の大切さについての説明を一通り聞いた。そして太陽を見ながら裸足になり、足を肩幅に開いて空気を思い切り肺に入れることをあえて参加者にさせる。

「馬に乗りに来ているんだから馬に乗せてよ」と文句を言う人はいない。たぶんここを訪れる旅行者は、こんな説明に精神的な満足を得るのだろう。実は僕もそのうちの1人だ。ライオンのように猛々しく広がったグレーの髪をしたサムエルがこの話をするとき、僕らはその静かで自信に満ちた語り口に、ただ納得させられるだけだ。

でもこの日はこれだけで終わらなかった。

 

「馬に乗るときは、上にいる人間の体重移動がとても大切だ。馬と人が別々の方向に体を進めようとしたらどうなると思う? 馬には大きな負担になるんだ」

 

と言って、サムエルは手綱を持って馬に乗る格好をしながら、原っぱの脇にある小さな沼地に向かって歩き出した。その水たまりのような沼には少しだけ水があるが、ほとんどが泥状になっている。二つに分かれた沼の間には細い道が通っていて、茶色の馬が四頭、雑草を食べていた。

 

「上にいる人間が進む方向を頭の中でイメージし、それに馬が従って進むのが理想だ。でも、馬が地面を踏んでいるとき、人間はそこにある石や草がどれぐらいあるかは分からない。そしてここにあるような泥の上を馬が歩いていてもそれを人間は感じることができないんだ」

 

そう言うと、サムエルは泥の中にずぼずぼと足を突っ込み始めた。僕らにもズボンを膝上までまくり上げ、裸足のままついてくるように促した。列になり、わざわざ沼状の泥に入っていく5人組の3番目にいた僕も、仕方なく足を入れた。小さい頃水田のぬかるみに足を入れたときの感覚に似ていたが、その時よりもっと深いところまで足が沈んでいく。

歩くというよりは、これ以上深く沈んで足をとられないように、次に次に足を引っこ抜いては進むと言った方がより近い。ぬかるみはくるぶしよりかなり上まで達し、 ひんやりを通り越して結構冷たい。でも最初は泥にまみれるのが嫌だった僕も、だんだんそのぬるぬる感が気持ちよくなっていくから不思議だ。