3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第34話 うんともすんとも言わないとはこのことか

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それから僕らはまた馬のつながれた元の場所までゆっくりと歩いて戻り、一人ずつ馬の背中に乗る練習をした。その白い牝馬は「ダッチェス」という名前で、初心者にも我慢強く付き合ってくれる優等生だ。

 

順番に飛び乗る人のために、両手のひらで踏み台を作って体を持ち上げたり、逆に持ち上げられたりして、馬の背中にまたがった。僕は一番体重が重そうなデイビッドの踏み台になって体を持ち上げたので、あらためて乗馬中に馬にかかる負荷は結構なものだなあと感心した。そしてダッチェスに話しかけながら、馬場を一周ゆっくり歩いたり止まったりの練習を順番にした。

 

だけど馬はなかなか言うことを聞いてくれない。歩き出すには、馬の腹を両方のかかとで挟むように合図し、同時に唇をすぼめて息を鋭く吸い込み、いわゆるキッシング・ノイズという音を出す。そして腰を使って前に軽く体重を移動しながら「ウォーク(歩け)」と叫ぶのがオーソドックスな方法だと教わった。

 

僕は日本人だから、なんだか「ウォーク」と英語で合図を出すのが恥ずかしくて「いくよ」とか「歩け」とか和訳してみたけれど、そもそもそんな合図を聞いたことがない馬は、困ったような顔で目をぱちくりさせるだけだった。

 

「何語でも通じるって言ったじゃないか」

 

と内心サムエルを恨んだが、どうもそれは、ブラッシングで愛情表現をするときだけ有効だったようだ。

 

気を取り直して再度「ウォーク」に戻してようやく歩き出した馬に乗り、手綱を操作しながらゆっくりと草原を一周するはずが、実はそんなにうまくいかない。途中に用意された桶のところで足が止まると、馬はしゃばしゃばと水を飲み始めた。

最初は喉が渇いているんだなと大目に見ていたが、これがなかなか終わらない。息継ぎで少し顔をあげた隙に手綱を引いて、頭を上げさせようとするのだが、またしても飲み始めるのだ。どうも僕の言うことが全く届いていないみたいだ。あまり立ち往生している僕を見て、サムエルが助っ人に来てくれた。

 

「水を飲むすきを与える必要はない。十分飲んでいるからね」

 

サムエルは馬のお腹を両手で触りながら、やさしく話しかけたかと思うと、ぐいっと力を込めて手綱をひっぱり上げ、僕が進もうとしていた方向に馬の顔を向けさせた。僕は他の観光地で馬に乗ったとき、必ず先導する馬のオーナーや世話係の子供がいたことを思い出した。要するにガイドがいないと馬を走り出させるすべも知らなかったのだ。サムエルが誘導して、ようやく馬は面倒くさそうにまた歩き出した。