ステファニーが今日のセッションはどうだったかときいてきたので、山の中も泥の中も面白かったと僕は答えた。
「泥の中に入っていったの? そりゃクレイジーだわ」
彼女はあきれたようにため息をついて苦笑いした。僕もクレイジーではあるけど、面白かったんだとあらためてサムエルを弁護した。どうもステファニーはサムエルがどうやって教えているか、細部までは把握していないようだ。
その日の晩御飯から、ステファニーのお母さんのクリスティーナと、彼女をサン・クリストバルまで迎えに行っていた長女のゾエも合流した。ゾエは黒髪で目がくりっとした愛らしい女の子だった。十六歳で自立した大人の意志の強さと、あどけない子供の表情が同居している。もちろん英語、フランス語、スペイン語がペラペラだから、僕とはスペイン語で話した。
それにしてもここの娘二人は、小さな頃からいろいろな国の人と接して育ったせいか、誰が泊まりに来ても物おじしないし、誰が話しかけてもフレンドリーに丁寧に受け答えする。そして自宅で両親から受けた教育や、エバーグリーンの環境のおかげで、会話は知性にあふれ、自然を敬う姿勢が伝わってくる。
おばあちゃんのクリスティーナは、はるばるフランスのリヨンから娘夫婦や孫たちに会いに来ている。フランス語しか話せないので、通訳をステファニーが買って出てくれた。もう六十歳代も後半を迎えているのに、若々しく黒縁のメガネがよく似合った女性で、笑った時の表情がステファニーにそっくりだ。そしてバイタリティにあふれている。最近頻繁にメキシコに来るからと、スペイン語をマスターしようとしている。
彼女の母国語のフランス語とスペイン語は同じラテン語をルーツに持つから、やれば可能なのかもしれないが、学ぼうとするところがすごい。僕は勝手に新しい言葉を習うのは若いうちに勝負が決まると勝手に思い込んでいたから、六十歳を超えて学ぼうとする彼女を無条件に尊敬してしまうのだ。
彼女の片言のスペイン語とステファニーの通訳を介して、僕らはずいぶん長い間フランスでの生活や日本のこと、メキシコのことを話した。そして仲良くなったところでこの旅が終わっても連絡が取りあえるようにとメッセンジャーのアカウントも交換した。
彼女は日本人が大好きらしく、留学生をリヨンの自宅で受け入れている。その一人に招待されて日本に行ったときの写真も見せてくれた。