3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第41話 携帯電話の電波はどこですか

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トウモロコシ畑の向こうに日は沈んでいく

ところで、エバーグリーン牧場の周辺は、携帯電話の電波が届かない。ただWiFiのモデムが設置されているので、母屋だけはインターネットがかろうじて使える。ただし接続は限定的で不安定だ。

だからこの家族は友人たちと連絡する際、「ワッツアップ」というメッセージ交換アプリを介して、ボイスメッセージやテキストをやり取りしている。でも会社員でもある僕は、休みの日でも携帯電話に万が一大事なメッセージや不在着信がないか、一日一回は見ておかないと落ち着かない小心者だ。だからステファニーに、どこに行ったら電話の電波が届くのか前日に相談していた。

どうも話を聞いていると、村に一か所だけ電波が届くスポットがあることが分かった。近くの山の中にひときわ大きな木があって、そのあたりだけ電波が届くらしいのだ。僕は携帯電話を持って大木に登り、村人たちが何人も枝に腰掛け、遠くにいる家族や友人と話している様子を思い浮かべた。

木の根元には枝に登りやすいように梯子がかかっていて、太い枝には親子が並んで足をぶらぶらさせながら話していたりする楽しそうな光景だ。

 

「この村の人はみんなその大きな木まで坂を登って行って、電話をかけるの」

 

ステファニーはそう言って、わら半紙の紙キレに、ペンでグニャグニャと牧場から近くの丘までの行き方を地図に描いたものを僕に渡した。エバーグリーン牧場から十五分ほど歩くとその電波受信スポットがあるというが、そこまでの目印は小さな小川と教会だけみたいだ。

何だか見つけるのが大変そうだが、その日の夕方僕は携帯電波が届く魔法の木を目指して歩き始めた。牧場を出ると、両脇に大きな杉の木が並んだ砂利道が続いている。車二台が余裕をもってすれ違えるほどの広さで、左右にはエバーグリーン牧場の敷地や草原が広がっている。

十二月の夕暮れ間近の午後、チアパスの高地は肌寒く、何もないその道を歩いていると寂しさを通り越して不安がこみあげてくる。当然迷子になっても携帯電話で誰かに助けを求めることはできない。

ざわざわと冷たい風が草や葉を揺らす中、少しずつ日が傾いて辺りは薄暗くなりつつある。途中車やバイクと三回だけすれ違った。いずれも地元の男性だった。彼らは砂利道の上をゆっくりとした速度で走り、僕と目が合うと、みな必ず手のひらを顔のあたりまで上げて「よっ」という感じで挨拶した。

 

「携帯電話の電波が届く大きな木を探しているんですが、わかりますか」

 

僕は自分が進む進行方向があっているのかを確かめたくてバイクに乗った一人を止めて聞いてみた。

「うーん。知らないなあ」

彼はバイクにまたがったまま、申し訳なさそうにした。どうやら隣の村の人らしかった。