山に入ると民家もなくなり、十分ほどトウモロコシ畑の横にできた山道を歩いた。ここをしばらく進んで分からなかったら牧場にさっさと戻ろうと半ばあきらめかけていた時に、携帯電話の電波受信状況を示すバーが一本だけ立ち始めた。
やがてその大木は僕の目の前に無事現れた。予想していたような、村人が集まるにぎやかな社交場はそこにはなかった。僕の他には誰もいない。
野草に咲いた薄い黄色の花の上を、ひらひら飛ぶ黒い蝶がいるぐらいだ。でも確かに携帯の電波は弱いながらも受信できている。電波の受信状況を示す階段状のバー表示が三本になったり、二本になったりしている。でも携帯メッセージなんて入っていなかったし、不在着信の記録もなかった。
休みの日も電波やネットワークの中にいないと、不安になってしまう滑稽な自分がそこにいた。
日が暮れ始め、風も冷たくなってきたのですぐ宿に戻ろうと思ったが、せっかく来たので山から見える少し景色を見渡した。トウモロコシ畑が広がる谷を眼下に一望できる山の中腹からは、赤く大きな夕日がゆっくりと谷の向こうに沈みかけるのが見えた。思わず僕は木の根元にしゃがみこんだ。そうしてしばらくの間濃い緑と赤のコントラストに見とれていた。