クリスマスイブのその日、馬術の師匠サムエルに、今日は何をしたいかと聞かれたので、「ギャロップ」の仕方を教えてほしいとリクエストした。
ギャロップとは馬が全速力で走るときの足の運びで、日本語では襲歩(しゅうほ)というらしい。僕はこれまで何度もいろいろな観光地で馬に乗り、ギャロップで走らせてもらったことがあったので、その爽快さを忘れられないでいた。
前日に散策した森の中でも、まあまあなスピードが出たし、あまり苦労せずに走れるだろうという感覚もつかんでいた。バーニャとデイビッドも一緒だが、僕より前から滞在していた彼らの方が、断然馬の扱いはうまいから賛成してくれた。
その日、僕のこんな要望に、サムエルは特別講師を迎えて応えてくれた。次女のシャヤンだ。物心ついた時からこの牧場の娘たちは乗馬を生活の一部として体得している。だから、家族全員が上級者なのだ。そして十四歳のシャヤンは、馬の上では完全に僕らを圧倒する高い技術を持っていた。
唇をすぼめて鋭く甲高いキッシング・ノイズを出すと、牧場唯一の白馬ダッチェスは彼女の思い通りに歩き始め、やがてゆっくりと馬場を一周、きれいな円を描いて走った。そのさまは、「軽やか」という言葉が一番しっくりくる。ストップするのも何もかも、お手本通りだ。
ひるがえって僕ら三人はと言えば、昨日の山での散策で一時間以上も歩いたり走ったりしたせいで、馬たちが自分の言いなりになると思っていた。でもそれは馬を誘導してくれるサムエルが前にいたからだった。いざ口で合図をしたり、両足のかかとでお腹をこつこつと叩いて歩き出すよう促しても、馬たちはうんともすんとも言わないのだ。
それが、シャヤンにかかるとあまりにもスムーズに言うことを聞く。僕は勝手に馬に乗れるような錯覚に陥っていたから、本当は何もできないことに少々がっかりした。
何度も腹を足で挟まれて、馬も気の毒だなと思うぐらい、「ウォーク」と叫びながら、僕は執拗に馬に合図を送った。少し歩いては止まるので、サムエルが見かねて初心者に慣れた馬に交換したり、いろいろしてくれた末、やっと歩き始めてくれた。シャヤンも一緒に僕らと馬場を回ってくれたとき、僕は何度か後ろにいるシャヤンに手綱の持ち方を軌道修正してもらった。
どうも引っ張りすぎているみたいなのだ。