3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第53話 巻き寿司はいかが

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キッチンには地元の野菜や果物が無造作に並んでいた

僕は鉄鍋にざるで洗ったお米と水を入れ、コンロの火をつけた。鍋とふたには微妙な隙間があって、ぴったりとはまらず、蒸気が予想以上に漏れ始めた。だからステファニーと相談して、蒸気が出ているところに濡れ布巾を上からかけることにした。幸い蓋がガラス製なので中の様子はよく見える。

水気が飛んで湯気が徐々に出なくなり、ぐつぐつという音も聞こえなくなったところで火を消す。ここまでくれば、ほぼできたも同然だ。

 

「お米はこのまま蓋をして、最低三十分はおいておく。そうすればさらに蒸されて、お米が柔らかくふっくらしてくるから」

 

そうステファニーに言うと、

 

「これが秘密だったのね。蓋を開けないこと、水の量をお米の一・五倍にすること、それから最後に蒸らすこと」

 

ずいぶん飲み込みがいいなあと思ったが、よく考えると彼女はこの牧場のシェフでもあるのだ。本当は素人の自分が偉そうに料理を語るような相手ではない。こうして炊けたお米は日本の食卓に並べても、まあご飯だねと言えるレベルに何とか落ち着いた。ステファニーは巻き寿司用に竹製の「巻きす」も用意していた。

僕は長方形のガラス製耐熱皿に、薄くご飯をしきつめて、寿司酢をしゃばしゃばとふりかけた。そしてなぜかこの家にあった白い扇子でステファニーと交代で風を送って酢飯を用意した。

 具はフィラデルフィアチーズとほうれん草とツナマヨが用意されていた。海苔の上にお米を広げ、具を並べてから、巻きすでロールさせるまではよかったが、困ったのは切れる包丁がなかったことだ。用意されていた錆のついたペティナイフは切れ味が悪く、海苔とご飯が刃にくっついてうまく輪切りできない。

でもそれを見ていたイギリス人のマットが、途中でもう少し大きなナイフを見つけてきてくれて、何とか巻き寿司らしきものが二皿分できた。近くでサラダを作っていたスリランカアメリカ人のバーニャが、目をきらきらさせながら、近づいてきた。

 

「お寿司食べるの超久しぶり、わくわくするわ」

 

そう僕にささやいた。サンフランシスコできっと寿司を食べたことがある彼女は、メキシコ人よりずっと寿司に対しての目が厳しいに違いなかった。だけどえせ日本食料理人代表としての任務はほぼ終わりつつあったので、もうそんな言葉もプレッシャーに感じない。

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包丁が切れないことがこんなにつらいと初めて知った


むしろどんなもんだいという感じである。