ダニエルは、大きな体に似合わない、小さなギターだけを持っていた。僕のギターと同じ下から3弦がナイロン、上側の3弦が金属性の弦が貼ってある、いわゆるガットギターとかクラシックギターと言われるものだ。彼の少したっぷりとしたお腹の上で、その小さなギターは大きな音を立てる。アパートは天井が日本の家屋より高いのと、空気が乾燥しているせいで、よく音が響くのだ。
「あんたがハーモニカ吹いているの、聞こえてたぜ」
僕は高校の時に友達から誕生日にプレゼントされた、トンボ製のハーモニカでYou Are My Sunshineを我流で吹いていた。そして僕のアパートは敷地内でも門に近いところにあるから、彼が外出するときに音が洩れ聞こえていたようだ。
最初にコードについて、教え始めた。
いくつかの和音を奏でて、これが「C」、これが「E」とコード名を唱えながら僕にこう言った。Cは日本の音楽の授業で習う音階で言えば「ド」にあたる。次はD=レ。
「3つ以上の音で和音ができる。本当は2つでもいいくらいだ」
そして、それをつなげていけば曲が弾ける。そしてダニエルは僕に宿題を出した。なんでもいいから好きな曲を持ってきてくれというものだった。僕はカセットに録音して、次回のレッスンに持ってこなくてはならない。そして最後にこう言った。
「これは正式な授業で、あんたは俺の生徒だ。習ったことを空で覚えるなんてことを考えるな。ノートに取るんだ。だから次回までにノートを用意して持ってくること」
それからというもの僕は毎回の授業が待ち遠しくてしかたなかった。楽しいというのもあるが、やっぱり先生はプロだから緊張する。僕は1週間に2回、彼のアパートを訪ね、そのたびに練習課題を与えられた。
最初にCというコードから習った。日本式で言うドミソの和音だ。明るい和音はメジャーコード、暗い響きの和音はマイナーコードという。それが「C」から順にD、E、F、G、Aと1週回って最後にBまである。メジャーのコード7つをダニエルは丁寧にギターのフレットを定規で線を引きながら、指を抑える場所に〇を書いて僕に差し出した。
「ノートに書くときは日付、それからちゃんと定規を使って丁寧に書くんだ」
大雑把な印象をミュージシャン全般に持っていたが、これは相当緻密に丁寧にやらないと怒られる。僕はいい加減なノートのとり方をしないことを心に誓った。