3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第5話 トランスクリプション

f:id:Shinjiyoshikawa:20210102070739j:plain

コード進行の換算をした計算ページ


 

「あれ、真似しようとしてもうまくできないぜ」

 

ダニエルは茶化すように僕の弾き方を真似するが、確かにうまくできないようだ。そしてにやりと笑った。それは僕をこれから育てようとしてくれるにあたって、少しは筋があると見込んだせいかもしれなかった。

 

このギター教室が始まって、これからどうなるのかまったくもって想像できていなかったが、課題曲の「Por Ella」をきっかけにギターに相当にのめり込むことになった。

 

僕はギターと同時にスペイン語も習っていたから、流行している歌で好きな曲は歌詞をしっかり聞くようにしていた。この曲はラブソングだけど、もともとロベルト・カルロスはブラジルの歌手で、詩人に近いスタイルなので歌詞も少しこっている。

 

インターネットがなかった当時、僕は歌詞を必死で聞いては、友達や大家さんの家族に何て言っているかと聞いては、意味を辞書で調べた。1992年のことだ。いまなら、歌手名とタイトルさえ入れればどんな曲でも検索で歌詞が1秒足らずで表示されるのに。

 

Por ella mis aspiraciones y mi fantasía

彼女のせいで 願望や幻想が

Por ella las desolasiones y mi alegría

彼女のせいで 荒廃や喜びが

Suspiros, corazón, pasión, poema y plegaria

ため息、心、情熱、詩、祈り

Y todo lo que no se puede decir con palabras

そして、言葉にできないすべてが

 

たぶんメキシコ人ならもっと直接的な愛の歌になるところを少しひねくれた表現が好きなブラジル人ならではの言葉遣いになっているのだと勝手に解釈していた。

 

そしてなにより、コード(和音)の数が4つと少ないうえ、繰り返しだから初心者にうってつけだったのだ。

 

ダニエルは僕が歌いやすいように、コードを「トランスクリスプション」する方法を教えてくれた。だいたい、歌手の皆さんは声域が広いうえ、声が高い人が多いみたいだ。僕は高い音が出ないし、声域が狭いので、原曲のキーのまま(つまりそのままのコードで)歌える歌はほとんどなかった。

 

だから自分が歌える音になるように全体のコードを下にずらす。これをトランスポーズというらしい。今らカラオケボックスですぐにキーを変更できるが、当時はそんなものなかった。