最初のコードがE(ミ)だとすると、僕の場合、そのまま歌うとサビで必ず声がでなくなるか上ずってひどい声になってしまう。だからコード自体を「C(ド)」まで下げて曲全体を少し低い音でも歌えるようにするのだ。
「歌っていて気持ちいいところまで、ずらすといい」
そう言われて、僕は算数の計算をするみたいにコードをひたすらずらす練習をノートの上で繰り返した。
「俺は音楽が専門だけど、小さい頃から算数や数学は好きだった。音楽も結構数学に近い部分があるんだ」
とダニエルは僕に言った。
例えばギターには、「フレット」、要するに節みたいな区切りがついていて、指で押さえる場所によって出る音が決まる。ピアノの鍵盤と同じだが、ギターの場合は黒鍵がないから、どこがドレミか、それとも半音上がったシャープなのか一目だけではわからない。
それからC(ド)、C♯(ド♯)、D(レ)、D♯(レ♯)、E(ミ)とフレット1つごとに音が上がっていくが、E♯は存在しない。E(ミ)とF(ファ)の間はフレットが1つ分しかない。同じくB(シ)とC(ド)の間もいわゆる半音がない。
コードをトランスポーズする際にはこれを分かっていないとうまくいかない。僕は指を折りながら一所懸命ノートとにらめっこし、コードを書き換えては違和感がないかギターで鳴らして確かめた。今のカラオケならボタン一つ押せば機械が自動でキーを上げたり下げたりしてくれる。でも僕がギターを習い始めた90年代初頭はカラオケは確か鳴り始めた音に合わせて自分が声を上づらせてでも歌うしかなかったように覚えている。
僕はとうとう自分流のギターの弾き方で相当にラテンチックなリズムを取れるようになった。そして、歌を一緒に歌えるように何度も何度も練習した。
「まずは1曲仕上げるんだ。それで心理的にものすごいステップアップすることになるから」
かくして、僕は「Por Ella(ポル・エジャ)」を通して弾き語りできるようになった。基本コードをメジャーとマイナー合わせて14個覚えるのと同時に1曲を仕上げた。偉いスピードでギターの世界への扉を開いたこの曲は僕の記念すべき1曲目のレパートリーになった。ダニエルは僕の覚えが速いことを自分のことのように喜んだ。だめなところを指摘するのではなく、オリジナリティを伸ばすことを最優先し、ほめては目の前で小さなギターで見本を見せた。