ダニエルは自分のアルバムが入ったテープを貸してくれた。10代の頃からレコーディングに参加し、リーダーズアルバムは17枚を数えると教えてくれた。でも僕が知っている洋楽の世界に彼の名前はない。本人が自主制作したものや自分でプロデュースしたレーベルも多いから、日本で手に入れるのは当時はなかなか難しかった。
彼が貸してくれたテープには、10曲がみっちり入っていて、すべてオリジナル曲だ。レゲエから始まり、いろいろな種類のカリブ音楽と自分の感性を融合させている。結局このアルバムはレコーディングまでしたのに、CDとしては出なかった。あるいは出る前に彼は事情があって、アメリカを後にしてメキシコにやってきたのかもしれない。
そんな未発表のアルバムの2曲目が「My baby is so fine」という曲だ。
「コンパというハイチの音楽をモチーフにした曲だ。コードは4つを繰り返し弾くだけだ」
そう言いながら、僕に歌詞とコードを綴った紙を渡した。物悲しいラブソングだ。本当にシンプルなコード進行を僕は何度もラテン風リズムを刻んで弾いた。
「俺の曲を広めてもらいたいしね」
と言いながらダニエルはにやりとした。カセットから流れるギターは、アフリカのギターを使っているという。高音でシャープにはじかれる弦の音が、か細く主張するフィンガーピッキングだ。
When my baby is talking, I feel like I must scream
(彼女が話すだけで 俺は叫びたくなる)
アコーディオンがバックで流れ、ダニエルのしゃがれた声とアフリカンギターが鳴る。
僕はこの曲をそらで歌えるようになるまで、何度も何度も練習した。そしてたぶん僕以外の日本人は誰も知らないはずの名曲を作者公認でレパートリーに加えたのだ。