ある日、ダニエルのアパートにレッスンに行くと、例によって小さなギターを抱えながらダニエルが鼻歌を歌いながら伴奏していた。ゆったりとしたバラード調のメロディーだが、なぜか懐かしい感覚がした。
その日、普通にレッスンの中で新しいコード進行やデモンストレーションの演奏を見た後に、また例の懐かしいメロディの鼻歌を歌い始めた。
「シンジ、この曲は日本語の歌詞にしようと考えている。てつだってくれないか」
「???」
「だからあんたが作詞して初めて、曲として完成するんだ」
僕は作詞なんかしたことなかったけれど、良しあしが相手に伝わるわけでもないし、軽い気持ちで引き受けた。でもそれは結構緻密な作業だった。
「よし、これから曲に歌詞を載せる方法を教える」
何百曲と書いてきた彼は、独自の方法で曲を世に送り出してきたのだ。僕は一言も漏らすまいと耳をすました。
「まず、俺の場合は鼻歌でメロディを作る。すると自然にそれを伴奏するためのコード進行が決まる。ここまではいいな」
そういえば彼はいつもギターを抱えて鳴らしながら、アーとかウーとか、ダダダとか言いながら何となくメロディを口ずさんでいた。そしてそのあと、メロディを音の数に分解し、3つとか4つの音ごとにに分るため、ノートに「3/4/3」と書き始めた。その上にはコード進行がメモ書きされる。
要するにこうすることで、一度口ずさんだメロディを記録していくのだ。そしてある程度形になるとラジカセで曲を録音する。僕は今回その録音したタイトルも歌詞もない「何となく懐かしいギター伴奏つき鼻歌」を宿題で持たされた。
そうして僕はダニエルと初めてのコラボレーションに向けて苦悩の日々を送るのだ。