3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

勤め人で時間がなくても旅に出たいをテーマに、自称旅行作家の吉川が、メキシコを中心に旅した記録をつづります。

ベジタリアンのイギリス人と天ぷらを食べたら、歯が折れた。

2月に日本に出張に行ったら、最終日に歯が折れた。

 

3日の旅程を無事終えて、メキシコシティから同行した30代の中堅ホープを銀座に置き去りにした。

 

「ユニクロはあっちね。博品館はこっち。時計とかブランド品は歩いてたら腐るほどあるから。悪いけど飯はなんとかどっかで一人食ってね」

 

初来日の彼には少し酷だったが、どうしても日本で暮らす娘と、イギリスからたまたま来てる学生時代からの写真家の友人パトリックと一緒にご飯を食べたくて、ホテル集合時間を決めて一旦解散した。

 

ウェールズに住むパトリックは、個展の手伝いに一緒に来日しているご近所さんも、食事に連れてきたいというが、ベジタリアンだから「どっかいいとこ探してえな」という難題を少し前にもらっていた。

 

メキシコにいた時からどこに行くか考えていたが、日本に来てからも、何がいいのかずっと迷っていた。その日の予定はなかなかパンパンだった。大門町で終日の会議に参加し、食事後には八丁堀にあるホテルをその日、チェックアウトしなくてはならない。ちょうどいい場所があるか、AIに相談しても情報がいい加減で楽しめそうなところが出てこない。そもそもこれまで、ベジタリアンの外国人を日本で食事に連れて行く機会がなかったことを思い出した。

 

「いやいや、日本は出汁にも魚を使うし、野菜だけの食堂作っても人気出ないから難しいよとか言い訳して、初来日の彼はホテルに置いて好きなところ行こうよ」なんていうことはやはりできなかった。

 

でも、いや待てよ。これは将来きっとなんかの役にたつ。探せばあるはずで、今後世界中から日本を訪れる人を連れて行けるように、勉強しろと神様が試練を与えているんだ、と受けることにするまではよかった。野菜好きの日本人ではあるが、うまいと言われる料理には少なからず魚由来の出汁が入っていることが多い。ビーガン料理を出すダイニングも検索でひっかかったが、今度は肝心の肉食可能な残り3人、つまり僕と娘と写真家が楽しめない。

 

「野菜しか食べられないんだったら、無理してまでいかないよー」と、最初はプロの芸術家に会えると乗り気だった学生の娘も寂しいことを言い始めた。前日に会議を終えてから、メキシコ人のホープが浅草のドンキホーテで円安デビューで買いまくっているのを尻目に、僕は近くのデニーズでお茶を飲みながら、携帯の画面で目ぼしいところを見つけては野菜中心の和食はないかとメニューを眺めていた。

 

まず、最初に思いついたのは日本を代表するヘルシーフードの寿司だが、魚がない寿司なんててどこも出していなかった。洋食屋や居酒屋でベジタリアンの外国人が重宝しているところはないかと探したが、これも4人全員が満足する、つまり肉食もできてしっかりと菜食主義者も同じ席で楽しめるところは見つからない。パトリックからは、こんなのあるよと、とある外国人向けベジタリアンおすすめレストランが載っている情報サイトが送られてきた。でも、日本っぽさがないところばかりだ。

 

厳格なジャイナ教徒を擁するインド人が大挙として訪れているのだから、きっとインド料理屋ならメニューは豊富だ。でもイギリスにはインド料理が日本の比ではないほどある。ロンドンは3600軒、東京はその半分以下の1500軒らしい。しかもウェールズから来ているベジタリアンの彼は、今回が初来日だ。そして本格的な外食はその夕食が初めてなのだ。当然和食を期待しているに決まっている。

 

「天ぷら、どうかいね」となかなか待ち合わせの場所を決めない僕に、助け舟のメッセージを送ってきた。

 

「いいけど、目の前でばかばかと動物由来のご飯食べるのは問題ないかね」と返す僕に、「それは気にしなくていい」と返事が返ってきた。

 

出汁は当然鰹が入るから、すまし汁はダメだけど、もしかしたらきのこや野菜で満足いくコースがあるかもしれない。

 

翌日に控えた会議より食事の方が、心配になってきた。うまく銀座付近でアレンジしなければ、六本木からやってくるイギリス人と、茨城からやってくる娘と大門町から地下鉄で動く僕と、そこで東京の夜に解き放つ予定のメキシコ人の合計5人が満足できない。その上、その日のうちに成田に移動して翌朝にはメキシコに戻るのだ。

 

そして、食べログをぐりぐりといじくりまわした挙句に、天ぷら屋に電話をかけ始めた。すると2軒目で、なんと「天ぷらの阿部 銀座本店」というお店が、快諾してくれた。

 

「じゃあ、八千円のコースを3名、一人は野菜だけにして六千円ね」

 

なんとも物分かりの良い男性(阿部さんかもしれない)の声を聞きながら、僕はデニーズの入り口の踊り場のようなスペースでガッツポーズを小さくした。

 

早速、娘とパトリックの両方に連絡した。集合時間もなんとか会議後に移動すれば間に合い、その上同じ日に成田に移動できるギリギリの18時に設定できた。

 

本当に全てがうまくいくかに思えた。でも、体は三日で地球の反対から来て、そのまま2日間の会議に腰痛をおして参加した後だから、やっぱり疲れていたかもしれない。

 

時間通り阿部本店に着いたら、すでにイギリス人の二人はビールを飲んで待っていた。娘も間も無く到着した。僕らはコースで出される小品たちを、口にしながら、わあわあとお互いの近況を報告し合った。ベジタリアンのウェールズ人の彼も喜んでいた・・・。出汁が出てきた時は、これには魚由来のエッセンスが入っていて云々と説明したら、「そうね、これは食べられない」と言う。それでもほとんど同じペースで少しずつ出される天ぷらは、揚げたてだし、厳選された素材のようで、うまい。

 

やはり、肉食系の三人より食べられるものが少ないが、それでもこんなにスムーズに行くなんて、阿部さんは天才だと思ったのだ。

 

が、事件がまもなく起きた。

 

ワカサギの天ぷらが我々肉食組3名に運ばれ、それを食べていた時だった。ガリっと石を噛んだ時のような衝撃が、脳天に響いた。なんでだ、銀座の一流店で石が天ぷらに入るわけなんてない。頭がパニックになった。そして口から出てきたのは小さな硬質の物体。それと同時に前歯と犬歯の間にあるべき側切歯(そくせっし)のところに我が舌が感じたのは、紛れもない「歯ぐき」だった。少し歯の根本の感触もある。

 

僕は作り笑いをキープしながら、隣の娘に「歯が取れた」と小声で告白し、ニッと前歯が見えるように口角を上げた。このまま歯抜けで死ぬまでいくのか、「高くて痛い」と噂のインプラントに走るのか。目の前の天ぷらは食べ続けることができるのか。目の前のイギリス人二人にも伝えるべきか。楽しい談笑タイムの雰囲気を壊したくないのと相まって、延々の「どうする俺」モードに入っていた。

 

小さなその歯をティッシュに包んでリュックにしまってから、歯がとれたことは目の前の二人に伝え、少し痛みはあるがなんとか食べ続けた。いちいち微かな血の味がして、どうしても舌がかつて歯があったはずの、場所を探ってしまう。最後に出てきた小さな鯛焼きの天ぷらデザートは、きっと全部の歯がある状態ならもっとうまかっただろう。

 

店を後にし、三人と有楽町で別れた。メキシコ人の後輩も、無事一人で日高屋でご飯を食べて、ホテルで合流した。そこからタクシーに乗って上野に行き、特急で成田空港に向かった。着いたのは11時を過ぎていた。メキシコのかかりつけの歯医者に携帯でメッセージを送って、メキシコに帰ったらできるだけ早く診察してもらいたいと伝えたら、着いた日の金曜日の夜に診てもらえることになった。

 

こんな時、メキシコの医者は連絡を気軽に取れるので助かるのだ。しかもなんとか急ぎの診察も事情によっては受けてくれる。日本だと受付で予約してせいぜい1週間後まで歯抜けのままになるところだ。

 

「虫歯が合ったから根幹治療した歯ですね。どの歯もそうですが、どうしても見えないところにヒビが入ることがあるんですよ。でもね、根本が残っているから、インプラントせずに治せます。」

 

この福音のような言葉を僕は一生忘れないだろう。それまでの暗澹とした気持ちが一気に晴れた瞬間だった。そして腕利きの彼は、見事に僕の失われた歯をセラミックで復元し、根本にくっつけてくれたのだ。

 

「まあ、無理して前歯で硬いものを噛まなければ5年はもちますよ」

 

4週間かかったし、歯茎を削ったりして痛かったし、20万円ぐらいかかったけれど、銀歯になるよりいいし、インプラントで骨にネジを埋め込むことを想像したら全然問題ない。治療費の一部は、保険がきっとカバーしてくれるはずだ。いや、きっとそうだ。そうに違いない。いやちょっと自信がないけど、まあ、歯抜けでこの後の人生後半戦を生き抜くよりはいい。

 

55歳になったばかりの僕は、出張前にプチぎっくり腰になるし、何か自分の体に得体の知れない災難が起こっていることを自覚し始めていた。そしてその予感は当たっていた。こんなぐらいで役職定年を迎えた僕を、神様は許してくれなかったのだ。

(続く)

 

 

 

 

神保町のブックフェアに出品!

神保町のブックフェアチラシ

 

こちら裏面

本の街、東京は神保町で偉く大きなブックフェアが開催されます。

 

10月25日(土)、26日(日)の二日間です。

 

私の本も販売してくれるというお知らせが、出版社から来ました。

来場者の人はなんと2割引きで買えるみたいです。

僕は残念ながらメキシコにいるので行けないけれど、面白そうです。

 

よかったらぜひ。

 

 

DELEというスペイン語検定のC2レベルに受かりました。

ちょっと旅とは関係ないけれど、先日スペイン語の試験に受かりました。

DELE という検定試験です。「インスティトゥト・セルバンテス」というスペイン政府が設立した機関が、スペイン語能力を6段階に分けてテストし、受かったら語学レベルを認定する仕組みになっています。ちなみにA1、A2、B1、B2、C1、C2と順にレベルが上がります。この仕組みはイギリスのケンブリッジ英検も同じようですね。

僕のスペイン語歴も学生時代と合わせて16年ぐらいになるし、会社の後輩たちが「B2から履歴書に書ける」と一所懸命受けているのを知って、ちょっと彼らより上のレベルでないといけないなと、まずはこっそり昨年C1を受けてみました。別に彼らは転職したいわけではなくて、赴任がそろそろ終わってメキシコを離れるなという手前で、力試しに受けていたみたいです。

そんなわけで、学生時代に留学してまでスペイン語を身につけた僕は、B2では話にならんと、最初から上級コースのC1を受けることにしました。英検でいう1級に相当するレベルらしいですが、念の為語学学校で5時間ぐらい過去問で練習させてもらいました。そして無事合格。6割の正答率以上でクリアという仕組みですが、読む力・書く力・聴く力・話す力、すべてで一定レベル以上でないとアウトです。

習った先生は、若いメキシコ人女性ですが、「あなたはいずれ、ずっと先にC2を受けたくなったら、それが本当の挑戦になると思う」とC1はそれほど苦労しないだろうと言ってくれました。でもそんなに甘いもんではないだろうなという予感はありました。

そして、やはり試験はやってみないと分からないもので、ヒアリングとライティングを組み合わせた問題の、音声が聞き取りにくい。古いラジカセみたいなものだし、おまけに南米のどこかの国の人で訛りが強い早口。たまたま環境問題について話していることがわかったので、自分の考えをまとめて書くのですが、条件が鉛筆ではなくてペンで書くこと、何語以上最低という普段は決してやらない制約の中で力を試されます。

PCで猛スピードで書くことに慣れているので、手が疲れるし、思ったように進まないのに時間ばかり経つ。間違って線で訂正しているとどんどん汚くなるし、結局時間が足りず、指定の字数に満たずに、最後の方はものすごいぐにゃぐにゃの殴り書きでした。本当にひどいでき。

「こりゃ、本気でまずい」と思いました。でも、何とかギリギリのスコアでライティングのところもクリアしました。こんな辛い思いをするなら、もう、C1取れたし、これでいいか、とその時は思いました。

 

C1の受験時に思ったのですが、私の他は大抵20歳代が中心で、30代、40代はチラホラ。特に中国または韓国系の人が多かったですね。アメリカ人っぽい人や日本人も少数いましたが、全員年下で、僕のような50半ばのおっさんは皆無でした。試験が終わってから、エレベーターで中国人の女の子と一緒になって、少し話しました。通訳を目指している彼女は「8ヶ月オアハカ州で留学していたの」と教えてくれました。うん? それってまだ習いたて? 僕のレベルはそんな人たちが受ける試験で落ちているレベルではないよな。そんな、場違いなアウェイ感がありました。

それでも、最高レベルのC2を受けるかは結構迷いました。とにかくダメだった時の精神的ダメージがあまりにも大きいことが予想できたからです。でも締切ギリギリに5月の受験を決めて、とにかく支払いをしました。通常春と秋に2回しかチャンスはなく、特に秋は仕事の立て込み具合で、受けられない可能性がかなりあるなと思ったことが動機の一つ。するともし受けたくなってモヤモヤしても2年待つことになります。

それから、せっかくC1で勉強した語彙や、試験スタイルが頭に入っているうちに勢いで受けておかないと、後でまた最初から腰を上げるのはしんどいなと思ったのです。プチシニアに突入しつつあって、最近滑舌も衰えてきている気がするし、記憶力もきっと徐々に落ちるだろうし。

結論から言うと、5月に受けて、今月の8月 に合格の通知が届きました。さすがにガッツポーズを一人でこっそり何度もしました。まだ家族が寝ている朝6時ごろだったので。

事前の勉強は、3ヶ月ぐらい毎日、ミレニオとかレフォルマと言うメキシコの大手新聞を読んで、知らないボキャブラリーを全部ノートに書いてずっと眺めてました。それから小説も2冊ほど読んで、同じことしました。とにかく語彙が少ないことにC1を受けたときに気づいたからです。それからC1を受けた時に一緒に買ったC2の参考書を一通りやりました。何だかC1とC2の内容がそれほど違わないように感じたのも受けた理由の一つです。

あと、口頭試験当日に、Chat GPTに理論展開の仕方と言い回しについて稽古をつけてもらいました。

「いや、そんな言い回しでは試験官を驚かせることはできません」といろいろなスピーチ展開の仕方を教えてくれたので、言い回しを暗記しました。

試験当日は会場がメキシコシティなのに韓国人や中国人、日本人ばかりでした。特に中国人の若手エリートビジネスマン風の受験生が多かったですね。最近台頭してきている、電気自動車のBYDなんかの若い幹部候補生かもな、と勝手に想像していました。欧米系の人は皆無で、年齢は30代、40代でしょうか。

試験は相変わらず、リスニングは音声が聞き取りづらく、受験生から文句が出るし、読解問題は1問まるまる勘で答えたし、本当に自信がなかったけれど、スコアはすれすれの合格でした。口頭試験はうまくいったと思いましたが、それでもライティングと一緒のセクションで出たスコアは、本当に合格ボーダーラインのちょうど上でした。

いやあ、これでスペイン語は勉強の対象ではなく、楽しむものに戻せるとホッとしました。実はその後2週間ぐらいは、「実は合格は間違いでした」って連絡が来ないかなとビクビクしていたのですが、どうやら本当にC2に合格したようです。レベルとしてはネイティブとビジネスやアカデミックな語学運用能力で引けを取らないらしく、英検では1級より上で、相当するレベルがないみたいです。

C1の時に教えてくれた先生も言ってましたが、ネイティブでもちゃんと勉強した人でないと難しい試験だって言ってました。これうちの会社のメキシコ人社員も、大学入った人でないと解けないだろうなと思いました。Chat GPTの勝手な推論では、過去10年間でC2に受かった日本人は30名〜150名だそうです。

 

まあ、そんな紆余曲折はあったけれど、今となっては堂々と「あ、通訳やりますよ」と仕事でも言えるようになりました。自信がついたというのでしょうか。

それにしても試験勉強のつもりでメキシコの新聞をたくさん読んだけれど、「バラバラ死体」とか、「首を切断」とか、物騒で、試験には全く役に立たない語彙がやたらと増えてしまいました。やれやれ。

 

 

奈良県の育英西高校で語りました

奈良県富雄駅から程近い女子高で、70名ほどの生徒を前に語ってきました。

事前にいただいたテーマは、失敗を恐れず挑戦してみようという気にさせる話。

 

・外から見た日本

・外国語の話

・メキシコってどんな国

・3ヶ国語で出版

 

という内容で40分ほど話しました。

 

会場の小講堂は、礼拝ができそうなチャペルのような建築物で、ステンドグラスの

色々と話したいことが多くなって、時間が足りなくなりました。


特に赤が鮮やかです。白を基調とした天井の高いホールでした。

高校の時に知らなかったことで、知っておけばよかったなあ、と思ったことをいくつか紹介しました。

例えば、「何で勉強するんですか」という根源的な問い。

母は浮浪者を指差して、「あんなふうにならないように、勉強しろ」と言いました。教育と貧富がどう結びついているかなんて、小学生の僕には想像つかなかった当時のことを伝えました。

僕は世界中をまわってみて、学校で勉強する機会が与えられない労働力として幼い時から親に期待されてしまった子供達が、一生貧困層のままでいるような村をいくつも知っています。

親の世代はこんなシビアな中、戦後這い上がったのだと思います。

僕が伝えたのは「話の合う人に出会う」ために、勉強するのが役立ったことに今さら気づいた話をしました。専門分野や、進学する大学には、より深い話ができる仲間が見つかることが多いからです。

他にも、語学力はそのままコミュニケーション力には繋がらないから、目を見て大きな声で話せば文法なんて最初は関係ないんだよと伝えました。近道は「こんなふうになりたい」と誰かに憧れること、会話なんか丸パクリでいいよという話をさせてもらいました。

それから、覚えておくとトクする癖と言って「姿勢を良くする」「笑顔」「寝るときは靴下を脱ぐ」「野菜・果物を食べる」なんかを挙げました。でも、今写真で見ると僕の姿勢は悪いですね。

有志の生徒と一緒に、スペイン語の会話をカタカナで実演しました。

スペイン語の会話例に付き合ってくれた笑顔が元気な彼女や、質問をしてくれた、ものを思慮深そうな後列の彼女。今回企画から準備までお忙しいのに機会を与えてくれた先生方、その他、関わってくれた全てのみなさんに感謝です。本当にありがとうございました。

トークライブやった「ちえなみき」さんがすごい。福井県 敦賀駅にある巨大書店。

毛矢での旅語りの夜があけた日曜日、同じ福井県敦賀駅にある大型書店かつ知育・啓発施設「ちえなみき」さんでトークライブをやった。

駅ビルに入ると名産品を売るお土産屋があって、その奥に全2階のちえなみきが登場する。

実は、このお店、敦賀市主導のプロジェクトに、運営会社として丸善が入っている。

今回、イベントの準備から運営までを担当してくれた笹本さんによると、小説も漫画も置かないというこだわりがあるらしい。プロの選書者がジャンルごとにいて、キュレーターのように本を選び、コンセプトに沿って、開放感のある棚を贅沢に使って、美しく並べている。

「これが旅行関係のコーナーで、本はここに置いているんです」

と僕の本が普段置いてある場所を教えてくれた。旅行選書にも当然選者がいて、「地球の歩き方」のような他の本屋さんでは稼ぎ頭のはずのガイド類は見当たらない。

旅行選書コーナーは2F。笹本さんは立ち上げから「ちえなみき」のスタッフだ。

「順番は別に本に序列をつけているわけではなくて、中心からだんだん辺境になっていくようにしているので、外側にあるのが日本から遠い国についての本なんです」

なるほど、僕の「山と電波とラブレター」は最下段に立てられている。確かに目立つ場所ではない。けれど、わざわざそんなことを説明してくれる笹本さんは、本当に気遣いのできる素敵な女性だなと思った。僕なんか、今まで見た書店の中でも1、2を争う素敵な空間に、自分の本が選ばれているだけで嬉しくて仕方がないのに。決して新刊でもないのに、そうやって置いてくれる「ちえなみき」の心意気と選者のこだわりに、心の中でニヤニヤが止まらないのだ。

スペースは自由にレイアウトを変えられる。

2階にはゆったりとしたテーブルが並ぶ、図書館の自習(読書)スペースのようなところで話し終えた後、30歳前の男性が、僕のところにやってきた。質問コーナーでもやり取りをした、細身で整った顔立ちの清潔な印象の若者だった。

「ライフステージの中で、自分が今、旅に出るチャンスだってよく分かりました」

自分よりきっと20歳以上も年下の男性が、僕の話を真剣に聞いてくれたことがわかって、それだけで来た甲斐があったと、単純に思った。

いいじゃないか、ここ。こんな店が家の近くにあるなんて、敦賀市の皆さんは豊かな生活を送っている。

今回、企画を受け入れてくださった笹本さん、運営のサポートをしてくださった森本さんには感謝しかない。

旅語りの夜 パート2 福井の毛矢珈琲にて。

毛矢珈琲さん、ありがとうございました!

前回の旅語りの夜パート1からの続きで、今回はカラクムルに弾丸で敢行した3泊4日の旅を、動画や写真を交えて話をさせてもらいました。6月21日(土)の夜のことです。

 

遠くから足を運んでくれた方々、わざわざ時間とお金を使ってくれた皆さん、感謝しかありません。作家としてのやり甲斐があるとしたら、こうして読者の方や読者となるかもしれない方に直接お会いして、言葉を届け、感想やお話を逆に聞かせてもらえることだと考えています。

「旅の切り取り方」や吉川が「こうやって旅を見ているのだ」と知るこができるのが、私の作品の好きなところだと直接聞かせていただいた、Kさん。私は実はその言葉を聞いて感動していました。本当に来てくれてありがとうございました。

テキーラパトロン、ビールはドスエキスやテカテが出て、カラベラタコスさんのケサディージャやタコスも美味しかった。

そして高校生とお母さんでご来場されたお客様、お話できて嬉しかったです。

ゲストアーティストのMICHUYのライブにもぶっつけでお邪魔させてもらいました。

最後は、メキシコ人のMICHUYの弾き語りに飛び入り参加させてもらいました。

思っていた通りに、素敵な会になりました。関わってくれたマスターやスタッフの皆さんありがとう! いつかまた来たいな。

6月6日(金) スペイン語の出版記念トークイベント 無事終了。

スペイン語で話す内容を準備するのは、想像していたより大変だったけど、何とか無事終わりました。もう1週間たったけれど、まだ余韻が残っています。

たぶん、20名ぐらいしか入らないけれど、レアな古本を売るAntoniaというブックカフェで7時から開催しました。

当日は、ワインやジンジャーエールなんかのソフトドリンクも出して、お祝いしてもらいました。

入場すると本が飾られていて、欲しい人が買える。

まずは、編集者のエルビアが開会の挨拶と、著者つまり僕の紹介をしてくれました。すでに会場から30分経っていたので、皆の手元には赤ワインやら、スパークリングワインやらがすでにあったので、思わず乾杯からトークを始めました。

 

司会は編集担当のエルビア。

乾杯から始めて、旅と自分の本について語りました。

始まる前は、プロジェクターの高さがうまくスクリーンと合わず、書棚の本をうず高く積み上げてやっと開始できました。

みなさん、ライフステージ別の旅の適正グラフが面白いらしく、笑い声がところどころ起こっていました。嬉しかったー。

英語版を訳してくれたポール氏から、花束をもらいました。

プレゼンは45分で、予定よりオーバーした。

以前に福井県の毛矢珈琲でイベントをした時の内容を、少しアレンジして、スペイン語に直して話しました。やはり場所も国も違って、反応はメキシコの方がオープンでわかりやすい。日本の時は、多分僕も緊張していたからか、聴く側も真面目に一所懸命に聴くという感じだったように覚えています。

今回は最初からリラックスしたムードにしたかったので、お酒を片手に気楽に聞いてねという感じでした。

旅に出るか迷っているシーン。

最後

スペイン語版の訳を担当してくれたエンリケ氏。

最後にスペイン語訳担当のエンリケ氏が、訳した時の感想と、お気に入りの箇所を朗読してくれました。その箇所が何と、僕が一番気にいているところとかぶっていて、「わかってんな、あんた」という感じでした。それはクリスマスイブの無国籍パーティがはける時のシーンです。

 

一人二人とその場を去って行き、僕も小屋に戻るために席を立ち、母屋を出た。芝生の広い草原を横切ろうとすると、サムエルとデイビッドが焚き火を前に静かに語らっていた。母屋から黄色くやわらかい明かりが漏れる以外は、街灯も何もない。星と月の光のせいで、暗いという感覚は全くない。静けさの中、炎がぱちぱちと音を立てて燃えあがり、二人の彫りの深い横顔にくっきりと黒い陰ができている。「おやすみ」とあいさつを交わし、草の上を僕は再び歩き出した。そして芝生を踏む自分の足音以外は何も聞こえなくなった。

 

続いて、英語版の訳を担当してくれたポール氏が、マイクをとった。最初は英語で、その後スペイン語で。

「この作品の話を真司からもらった時、やったことがなかったので正直迷いました。読みたいからとにかく送ってと言ったら、80枚を超える原稿が来て驚きました。でも読み進めるうちに6時間ずっと、止めることができなかったんです。これはクラシック(古典)みたいなもんです。読むに値する。本当に」

サインだけはなれないが、なんとか緊張しているのがバレないようにやり過ごした。

本当に嬉しかったです。そして無事会が終わり、買ってくれた人の本に、おそろおそるサインして、みんなと談笑しました。本当にありがとうございました。楽しかったです。