実はもう一つの候補は、チアパス州のタパチューラという町だった。
学生時代に知り合った同い年のメキシコ人が大学で英語を教えている。何もないグアテマラとの国境の町だが、とあるスペイン語の語学試験の勉強をしたときに、練習問題のエッセイで、ハイチからの移民が住み着いて、どこの国か分からないぐらいだと書いてあったので、一度見てみたいと思っていた場所だ。
その友達に「何があるんだ」と聞いたら、
「え? 俺がいるけど、それで十分だろ」
と答えがかえってきた。
気持ちは分かるし、30年ぶりに会いたいのは間違いない。評判の良いホテルも見つけたが、その友人が住む町からは2時間という辺鄙なところにあった。でも何年かに1回のチャンスに、3泊するところでもない気がした。結局タパチューラでは、何もなさすぎて3泊するのはもったいないとあきらめた。
というわけで
1.寒くて寂しいメキシコシティで、一人居残り+多分旅に出なかったことを後悔
2.亜熱帯ジャングルにひっそりと隠れる巨大遺跡カラクムルに突撃
3.不法滞在移民が溢れるエキゾチックなタパチューラで旧友と酒を酌み交わす
のうち、2を選ぶことにしたのだ。
「行くの、行かないの、俺?」から始まり、こんな葛藤を乗り越えて、人生の中でピークに差し掛かった一時的な財力に物を言わせ、でも時間がないから飛行機、ホテル、現地のガイドを一気に予約し、前金を払いまくったのだ。
メキシコシティからの飛行機の目的地は、最終目的地カラクムルまでアクセスが最もいい、キンタナロー州の南の町チェトゥマル。このベリーズとの国境の町がどうやら便利がいいことが、トリップアドバイザーのレビューを見まくってわかってきた。同じ州にあるカンペチェ市に降り立つという手もあるが、そこからカラクルムまで車で6時間の移動はきつい。
トリップアドバイザーの英語版のページを見ることが多いけれど、特にヨーロッパ系トラベラーのコメントが信頼に足るように思う。英語で書かれていても今は勝手に翻訳してくれるので、読むスピードも格段に上がった。
だいたい他の観光客の裏をかいて不便な秘境を目指すには、休みが長くなくてはならない。そして、「いやあ、行ったことないと思うけど、あそこ行ったんだよね〜」と密かに自慢したいんだと想像する。「なんだ、俺と一緒だな、コイツら」とコメントを見てニヤニヤしてしまうのだ。
コメントには自分がその場で何に満足したか、しなかったか、移動する際にたどった経路やヒント、これから旅する人へのアドバイス、たまにホテルやガイドの気に入った人の名前が書かれている。つまりパターンは決まっているのだ。
それによると、
チェトゥマル→タクシーで2時間→イシュプヒル滞在→車→カラクムル
という順番で進むのが、最も王道のようだ。
学生時代に行って、その手付かずの自然にいたく感動した、マヤ最大の神殿があるティカルと双璧の遺跡が、ユカタン半島の広大なジャングルのど真ん中に1930年ごろ見つかった。そこから発掘と修復の気の遠くなるような作業が、行われてやっと観光地として公開されたのが、1980年前半のことだ。
さらに1993年にUNESCOが世界遺産として登録した。確かに有名になったが、だからと言って簡単に行ける場所ではない。UNESCOのスタッフの気持ちはわかるがアクセスが悪すぎる。
しかし、だからこそ観光客が少なくて、自然が保護されやすく、オオハシなどの野鳥や名前もわからない野生動物たちが、安心してわさわさと潜んでいられるみたいだ。なんか久しぶりにワクワクしてきた。
そしてもう1つ、行き先の最終的な決め手になったのはマヤ鉄道の建設だ。今年の9月まで6年間続いた前政権で、メキシコ州南部タバスコ州出身のオブラドール大統領(※オブラドールのおやじと今後呼ぶ)が、強引におし進めた鉄道だ。カンクンを中心に観光客を乗せてカンペチェやユカタン半島の主要な観光地を結ぶ、この一大プロジェクトが、とうとう今年の末に竣工するというのだ。
ダミ声で地元びいきのインフラ投資を勝手にどんどん決めるところは、田中角栄とそっくりだ。最初は反対も多いが、今となっては東北新幹線は僕も山形に行った時に思ったが、繁忙期でなくても時間帯によっては席が取れないぐらい人気だ。ただしマヤ鉄道は日本と違って通勤需要が全くないだろうな。
カラクムルを直近で訪れた旅人たちの、トリップアドバイザーでのコメントには、
先達たちの教えがあちらこちらに散らばっている。
「もうすぐマヤ鉄道が開通する。工事中だが、間も無く列車で観光客が押し寄せ、静かな密林がガチャガチャとうるさくなる」
「行くなら今だ。急いだほうがいい」
「行くなら今だ、急いだほうがいい」ーー、なんて素敵な響きなんだ。こうして仕事や体調のことを心配するのをやめる理由がたくさん見つかった。