3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第36話 落ちる、ぶつかる(かもしれない)恐怖

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広大な敷地には不思議な方向に枝が傾いた大木がある。


「馬たちは牧場で走るのはあまり好きじゃない。とにかく山で自由に走りたいんだ」

 

サムエルは馬術レッスンの間、何度も言った。彼によると牧場の馬場を歩いている間、馬は仕方なく仕事をしているのだという。だけど山へ入ることは、その退屈な奉仕とは対照的に馬たちへのご褒美となるらしい。馬たちはサムエルの乗る馬を先頭にして、何の迷いもなく一列になってゆっくりと歩き始めた。

 

牧場を出て五分も行くと、木の生い茂るチアパスの深い森へと入っていった。でもいったん山に入るとこれまで他の観光地で体験した、馬が勝手に決まったコースをゆっくり歩く、ホースバックライディングとは全く違うことに気づいた。

 

森の中に獣道があるにはあるが、どちらかというと馬がギリギリ歩けるぐらいの木々の間を縫って歩くと表現した方が近い。おまけに結構なスピードで進むのだ。

 

サムエルが先頭で、次にバーニャ、デイビッドのサンフランシスコ組、日本から来た僕、そしてスウェーデンの二人と、アメリカ大陸からユーラシア大陸出身者まで世界一周状態の一団だ。そしてそれぞれの馬は何かにとりつかれたかのように、木や草をすり抜けながら無心に進んでいく。それまでと打って変わって楽しそうなのが表情を見ているとはっきり分かる。

 

馬たちの蹄がざっざっと枯れ葉を踏みつける乾いた音や風の音を聞きながら、僕は必死にその日もパートナーになったネイライダの背中にしがみついた。枯れ木がぱきぱきと割れる音の中、くねくねと曲がるルートをたどっていると、先頭のサムエルの姿は見えなくなっていた。

 

そして僕は必死にすぐ前のデイビッドとそのパートナーのキンビーという黒い牝馬の後ろを必死に追いかけた。

 

いくらヘルメットをしているとは言え、起伏の激しい山で、馬の高い背中に乗っている無防備さは結構怖い。体のバランスを崩しそうになり、ひやっとする瞬間が何度もあった。

 

前の馬と距離が空いた時、追いつこうと突然さっそうと走り出したり、坂を下りるときに急にスピードを上げる。森の獣道を下るときは、馬の背中と僕の座高の高さと山の傾斜のおかげで、地面との落差が大きく、防備を体にかけるジェットコースターより怖い。

 

坂を下るたびに必死に馬の背中につかまっていないと、落ちてけがをするのは容易に想像できた。道は狭く、顔の高さに何度も木の枝が迫ってくる。朝の訓練で、枝が目の前に現れたらどう馬の背中に伏せて避けるか、というかなり実践的なことまで教わっていた。この練習をしていなかったら僕の顔は枝に削られ、落馬していたんじゃないかとサムエル師匠に心から感謝した。