「マール・トラビスからすべてが始まっている」
ダニエルは僕にフィンガーピッキングを教えるときにあるギタリストの話をし始めた。後にトラビス・ピッキングと呼ばれる奏法を編み出した人だ。
僕はその日まで、ダニエルが指で弾く奏法を何度も見て、どうしてそんな風に弾けるのか不思議でしょうがなかった。
左手はギアーのネックを持ち、フレットを押さえる。
結局ピアノなら10本でいろいろな弾けるが、ギターの場合音を出す際に弦をはじくのは右手の5本だけだ。
それで低音のベース音を親指で弾きながら、メロディーは人差し指から小指までを使って弾く。親指はギターの上部にある4弦目から6弦目をリズミカルに弾いている。
「まずは親指で低音を弾く。それだけを練習してきてほしい」
ダニエルは完成形の美しい弾き方を僕に聞かせた後、それを各指に分解し始めた。親指が上下にリズミカルに動いた。
その次に中指と人差し指の動きを加えるからと僕に課題を出した。
「この弾き方の源流はマール・トラビスが弾いた。よくスリー・フィンガーと呼ばれている。これをベースにいろいろなギタリストがアレンジをしたんだ」
マール・トラビスは1940年代以降にものすごく活躍したカントリーの歌手だが、他のカントリーの多くの歌手と同じで作曲し、歌い、ギターを弾く。僕はダニエルに会うまでいろいろな音楽のルーツについて知らなかったが、彼は細かく僕に教えてくれた。アメリカの生粋のミュージシャンであるダニエルは、自分もこのカントリー音楽の流れを汲みながら、カントリーブルースを得意とする。そしてアフリカ音楽を融合させた独自の世界を表現した人だ。
ゆっくりとその指の動きをまねるが、そんなに簡単にできるものではない。必死に親指をリズムに合わせて動かした。僕が6弦を同時にかき鳴らすコードではなく、指をバラバラに弾く、いわゆるフィンガーピッキングを基礎から習い始めたのは、このレッスンからだ。
日本にいて、カントリー音楽に抱いていたイメージは、ただ、退屈で単調な音楽というものでしかなかったが、いざどんなギタリストがいて、いろいろな奏法が編み出されていった歴史を、実演をしてもらいながら聞いていると、わくわくした。それがアフリカにルーツを持つブルースと混ざり、いろいろなバリエーションが出てくる。
ダニエルは親も音楽家だし、小さな頃、それこそ10歳も行かない頃にはステージに立っていたというから、まさにそんなアメリカの音楽の流れの中にどっぷりとつかって育ったのだ。僕はそんな人に音楽を習えている自分の幸運さに感謝した。