ダニエルは、本気で僕がミュージシャンを目指すなら、と冗談なのか本気なのか分からない指南をし始めた。もう日本に帰る日が近づいているからだ。
「今、レパートリーは50曲だろ。1回のショーで15曲ぐらい用意しておけば東京のバーで演奏できるはずだから3回分のコンビネーションは用意できているわけだ」
半年たった僕のノートにはたくさんの曲の歌詞とコード進行が並んでいた。ラテンアメリカの曲、英語や日本語の曲もある。
「それから、ギターは日本に帰っても続けてほしい。練習の仕方は2つある。つまり先生について習うか、それとも自分で学ぶかだ」
ダニエルは自分のような先生を見つけるのがいいが、そう簡単に見つからないだろうから、本やビデオで学ぶオプションも考えておけといった。ブルースやジャズに照準を合わせて探せばいい。
彼は自分が教えた生徒で優秀だった人はみんな音楽業界で活躍していると話し始めた。
「一人はギタリストになった。その他にもミュージシャンにはならなかったが、プロヂューサーとして活躍しているやつもいる。そしてシンジも、レベルはいい線いっているからそのまま続けて道を開いてほしい」
お世辞でもうれしいし、なんだかよく分からないが力がみなぎってくる言葉だった。何しろ相手はプロで、活躍してきた人だ。
「一つ先生として後悔していることがあるとすれば、ピックの練習をあまり取り入れなかったことだ」
確かに僕は自分の指でフィンガーピッキングをするのが好きだったから、あまりプラスチックのピックでダニエルが超絶技巧で弾いても、教えてほしいとねだったことはなかった。難しそうだったし。
「これは俺が普段使っているピックだ」
と言いながら、朱色の小さなピックを僕に手渡した。今から練習するのも時間がないが、自分で練習しろということだった。
そしてWild Wood Flowerという曲を教わった。
「この曲はラジオのDJをしていたとき、オープニングで弾いたりしていた」
すぐには弾けなかったが、僕はその単純なのに美しい短い曲を何度も繰り返し練習した。ピックを使って弾く僕の唯一の曲だ。