ダニエルのレッスンは常に音楽の歴史とともに進む。彼はカントリーとブルースをベースに、ジャズやアフリカ音楽、カリブの音楽を取り入れて「ワールドビート」という独自のスタイルを築いたのだという。
「ブルースもジャズも結局アフリカがルーツだ。アメリカならそうだけど、例えばハイチならコンパという音楽ある。ジャマイカならレゲエだ。多くの黒人ミュージシャンとこれまで音楽やってきたけど、彼らは本当にシンプルな奏法で見事に感情を表現する」
そう言ってその一つのテクニックとして「チョーキング」を僕に見せた。弦を普通に上から指で押さえるのではなく、押さえたままグイっと上下させて音を「ずらす」のだ。
「これは何でやっているかというと、人間の声に近づけるためだ。結局人の心を打つのは声が一番だ。歌うとき、楽器が音階を正確に再現するのと違って、徐々に音から音へスムーズにずれていくだろ。それを聞いてみんな涙するんだぜ」
僕はチョーキングと言えばエレキギターが専門だと思っていたけど、アコースティックギターでも見事にできる。ちょっと力がいるけど。そんな説明を聞きながら僕はダニエルが作曲したブルースのフレーズを習った。
「感情を表現する一つの方法がこのチョーキングだ。ブルースには多用されるから練習してくるように」
そう言いながらフレーズを何度も僕にやって見せた。
「ギターを弾くのに複雑なことをしなくても感情を表現して人を感動させるミュージシャンはたくさんいる。ジャマイカには弦1本ですごい音楽を弾くやつがいる」
僕は1990年代の当時、YouTubeもインターネットも普及してなかったからその音楽を今の今まで聞くことがなかった。けど、調べたらジャマイカのミュージシャンのビデオがヒットした。そしてこれがダニエルが言っていたスタイルだと確信した。
複雑なテクニックもいいけど、こんな音楽もいい。シンプルだから心に響くのかもしれない。こぶしを多用する演歌も、もしかしたら感情を揺さぶるためにそうしているのかもしれないことに思い当たった。