「分かったかい。泥があっても馬は平気で歩くように見えるが、実際は今のあんたたちと同じで、馬にもバランスはとりづらいんだ。だから上にいる人間は、それを分かったうえでうまく体重を移動させないといけない」
かなり上級者にならない限り、泥の中を馬に乗って歩くことはないだろうが、僕にはそれよりも何よりも、真面目にこの「泥ぬるぬるセッション」を受けているみんなの様子がおかしくて仕方なかった。
彼らは、僕もそうだけど、泥に素足で入ることなんて生まれてこの方そんなに経験したことはないだろうし、そこから出た後、軽く手で泥を払っただけの汚れた足を、靴下に突っ込んだこともないに違いない。
日帰りで来ていたスウェーデンの二人は、どろどろの足のまま、宿があるサン・クリストバルまでタクシーに乗って帰るだろう。そんなことお構いなしにサムエルが話している間、特にアンナはずっと泥を一所懸命手で落とし続けていた。
そりゃあ、この牧場に泊まっている僕やデイビッドやバーニャは部屋に帰れば着替えもシャワーもある。だけど日帰りで馬に乗りに来たアクセルやアンナは、まさか靴下の替えを用意するなんて思いもつかなかったはずだ。そしてこんな体験は良い思い出として後にサンフランシスコやスウェーデンで面白おかしく語られるに違いない。