3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第52話 パーティーが始まろうとしている

 

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キッチンではかわるがわるシェフが登場する


その日の夕方、まだ日が暮れる前なのに、パーティの準備で母屋はにわかに活気であふれていた。台所ではこの村の人口密度が局所的に史上最高を記録していたに違いない。

 

クリスティーナおばさんを含めた牧場の家族五人。それに前日から泊まりに来ていた、イギリス人木彫りアーティストのマットは、この家族と十八年の付き合いで、ゾエやシャヤンのことも小さなときから知っている。

 

近くで民宿を営むドイツ人のセバスチアンとメキシコ人の奥さんジュリディア、そしてその小さな子供たち三人。バーニャ、デイビッドと僕の宿泊客三人組。それぞれが交代で台所を使い、サラダを作り、持参した料理を食卓に並べていた。

 

僕がチェペやアベルとの散歩から戻ったのを知ると、ステファニーはすかさず手伝ってほしいと声をかけてきた。それまで何も聞かされていなかったが、巻き寿司を作るつもりらしく、結局日本代表選手として代わりに僕が料理することになった。僕がいなくても彼女は海苔、お米(カリフォルニア米)、すし酢など、材料をすべてそろえて本気で自分で作ろうとしていた。

 

「私が炊くとお米がパラパラになるのよ」

 

と言いながら、コツを教えろとやり方を聞いてくる。こんなとき、少々料理の経験があることは役に立つ。家でたまに寿司を作ることがあるが、エバーグリーン牧場には当然炊飯器なんてない。

 

だけど学生時代に鍋で米を炊いたことはよくあったし、やかんでおいしいご飯を炊く先輩の不思議な技も見ていた。ポイントは水を多めに入れて、最初から最後まで蓋を取らないことだ。

 

「中の様子が分からないから開けたくなるのが人情だけど、とにかく蓋を取らないで。我慢して蒸気を逃がさないことだよ」

 

えらそうに言いながら、実は初めて使う他人の台所で、鍋もコンロの火力も違う中本当にうまくいくのかと不安がよぎっていた。責任の重さがだんだん肩にのしかかってくる。どうやら年に一度のゲストを招いた晩餐に、メインディッシュの一つとして、巻き寿司を出そうと本気で考えているらしいのだ。いや、もしかしたら日本人が泊まりに来ると知って、手伝わせてやろうと前々から考えていたのかもしれない。