3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第40話 大ベテランでも失敗はある

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愛すべき家族のみんな。

「でも、どうしてこの牧場のことを知ったの?」

 

昨日のバーニャと同じ質問をクリスティーナは僕に投げかけた。そりゃ他にも有名で魅力的な観光地がわんさかあるチアパス州で、わざわざ不便な思いをしてこの牧場にたどり着く日本人は珍しいだろう。

 

「雑誌で見たんだよ。この牧場のことが、隠れた名所としてとても好意的に書かれていたから」

 

ステファニーが得意気にクリスティーナに雑誌を見せた。僕が切り抜いて持ち運んでいるのと同じものだ。

 

「ウーララ。きれいに写真を撮っているわねえ。あら、ゾエとシャヤンも出ている」

 

クリスティーナおばさんがひとしきり雑誌に目を通している間、僕はステファニーにどうして雑誌にこの牧場が取り上げられたのかを教えてもらった。

 

「この牧場にゲストを泊め始めたのはいいけど、今みたいに予約がずっと埋まっているわけではなかったの。それで何か宣伝できる方法がないかと思って、雑誌に私から声をかけたのが三年前よ。そうしたらオーケーの返事が返ってきて間もなくライターと写真家がここまでやって来たってわけ」

 

僕はてっきりこの手の雑誌では、いろいろな地域をまわる特派員がほうぼうにいて、自分で探し当てたスポットを紹介しているだけなのだと思っていた。だけどこのエバーグリーン牧場に関して言えば、探し当てられたのは雑誌の方だった。それにしてもステファニーは行動力がある。

 

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雑誌に載っていた牧場までの地図のイラスト

クリスティーナに話を戻すと、彼女は馬にも乗る。フランスのリヨン仕込みだ。十四歳から乗馬を習い始めたというから、乗馬歴五十年の大ベテランということになる。お父さんが毎週末乗馬クラブに連れて行ってくれたおかげで、乗馬ライセンスの一級というのを持っているらしい。それにしても身近に馬があり、世代を超え、大陸を超えて家族をつないでいる様子は楽しそうだ。

 

僕の滞在中にその腕前を拝見することはできなかったが、ステファニーが携帯で以前撮ったというビデオを見せてくれた。そこには馬の歩調に合わせ、リズムよく上体を上下させながら、悠々と馬を操る様子が映っていた。ゆっくり歩く速度から一つギアをあげた、「トロット」、つまり「速足(はやあし)」で馬場を一周している。

 

僕のような初心者が勝てるとしたら、馬の背中に乗るとき、彼女より少しだけ身軽に飛び上がれることぐらいだ。ビデオにはクリスティーナ大先輩が、乗馬中に足をのせる「あぶみ」に左足をかけ、馬の背中にまたがろうと鞍をつかんで飛び上がる様子が映っている。でもいくらやっても体が持ち上がらず、失敗してはやり直している。

 

そんな自分の母親の滑稽な仕草を、ステファニーは僕の隣で何度も繰り返し流しては、「くっくっく」とずいぶん長い間笑っていた。