3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第63話 故郷が一つ増えたみたいだ

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嬉々としてトラクターに乗り込む僕

三日間寝泊まりした「納屋風小屋」の裏まで、車を移動してもらっている間に、母屋からサムエルとステファニーと一緒に並んで歩いた。サムエルが最後に緑のトラクターに乗れと僕に言った。そして僕のカメラを手に取った。

 

「トラクターと牧場の記念撮影だ」

シャッターを何度も押し、僕にどうだと撮った写真を見せた。トラクターの上の僕は満足そうというよりは恥ずかしくて居心地の悪そうな表情をしている。そして僕らはお別れのハグをした。

 

「昨日の歌、素晴らしかったよ。今度はいいギターを俺が用意するから、他の歌も練習して聞かせてくれ」

 

 お世辞でもうれしい言葉に、僕は「了解、そうする」とだけ答えた。道路に面した牧場の柵の近くで、タクシーの運転手と話していたステファニーは、僕がサムエルと別れの挨拶を済ませたのを見て、僕のほうに笑顔を向けた。何となく照れくさそうな笑顔で、

 

「私たちテストに受かったかしら。今度は家族連れてきてくれるよね」

 

と笑いながら言った。

 

「もちろん合格だよ。今度家族と来るその時まで」

 

そうお別れのあいさつをして、僕はタクシーに乗り込んだ。車に乗るのがずいぶん久しぶりに感じた。 

 

エバーグリーン牧場を後にしてサン・クリストバルに向かうタクシーで、未舗装の道をゆっくりと走ると、往きと同じ「制限速度、時速二十キロ。スピードオーバーは罰金千ペソ(六千円)」と書かれた看板を急カーブや断崖と接する道で何度も見かけた。

タクシーは砂利道の小石たちを、往きと同じようにぺちぺちこんこんと跳ね飛ばしながらゆっくりと進んだ。珍しく後部座席に座った僕は、この土地で人と知り合い、愛着ができた村の風景を眺めていた。

サン・イシドロ・チチウィスタン村の集落もそろそろ出口に差し掛かり、家屋がまばらになってきたところで、なかなかに薄汚れた服を来た初老のおじさんが道に倒れているのを四人の男が囲んでいた。

 

「何かあったの?」

 

僕は運転手に聞いた。

 

「ああ、酔っ払いだよ。昨日はクリスマスイブだったしね」

 

二つ隣の村に住むタクシー運転手の青年は、なぜそんなことに興味があるのか不思議そうにしていた。

 

「そういえば昨日、この村の男が一人刑務所に入れられたらしいよ。女の子に乱暴しようとして取り押さえられたらしい」

 

僕はその時エバーグリーン牧場に到着した夜に聞いた、教会から響く大音量の説教を思い出した。

 

「酒を飲みすぎちゃあいかん。結婚したら他の女に手を出しちゃあいかん」

 

牧師のだみ声が、遮るものが何もない空に、号砲のように響いていた。この小さな村でも男が酒におぼれ、酔った勢いで女性にちょっかいを出して捕まるのであれば、牧師の説教も時には必要なのかもしれない。