3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

第26話 最終話 再会、お別れ(2)

僕はダニエルにその後、一度だけ再会した。

短い夏休みを利用して、オアハカを訪れたのは、就職してから数年たってからだ。

メールやインターネットがまだ普及する前だから、どうやって待ち合わせたか覚えていない。だけど彼はメキシコ人の地元ミュージシャンとともにバンドを組み、バーで演奏をして、何とか生計を立てているようだった。

 

僕はダニエルが好きだった日本のチューブわさびをお土産に渡した。

「覚えてくれていたのか」

そう言いながら大事そうに小さなお土産をポケットにしまった。

 

そして、彼は僕をある家の裏庭に招き、バンドのメンバーとともに演奏を聞かせてくれた。スペイン語の歌詞で懸命に歌うダニエルは、心の底から何か魂のようなものを吐き出しているようだった。

 

それが、ダニエルに会った最後だった。僕は手紙を日本から何度か送ったが、一度も返事はなかった。僕は仕事を言い訳に、あんなに好きだったギターをもうあまり触らなくなっていた。うまくなっているという実感や聞いてくれる人がいない音楽は、だんだん無味乾燥なものになってしまったのだろう。

 

AmazonでダニエルのCDが売っていることを知ったのは、もう30歳を超えた頃だった。ダニエルからギターを習っていたころからすでに8年はたっていた。インターネットは当たり前になり、検索すれば相当な情報が得られるようになっていた。「Dan del Santo」と僕は何度も検索を繰り返した。少ないけれど彼の音楽遍歴が見つかったりした。

 

そしてある日、僕は「オアハカ」と彼の芸名を入れてあるサイトのニュース記事に行きついた。それは、オアハカ在住のアメリカ人が英語で身近なニュースをアップしていた。

 

オアハカのレストランで演奏していたプロミュージシャンのDan del Santoが亡くなりました。彼は腰の痛みを訴えていたが、一度も病院に行かず、そのまま一生を終えました」

 

記事はたんたんと事実を伝えながらも、僕の師匠がいかに音楽を続け、レストランのお客さんたちとコミュニケーションを取っていたかが、愛情をもって記されていた。僕はその英語の記事を読んで、もう会えないんだなと、悲しみというよりは「覚悟」のようなものを持ったのをよく覚えている。涙は出なかった。ダニエルの生きざまを記憶の中で辿り、お別れしてからの彼の苦悩や苦痛や幸せを想い、ただパソコンの画面の前でしばらく息が苦しくなっただけだ。

 

彼との出会いを通して、教科書やセオリーとはまったく無関係な「教える」こと、「教わること」ことに関する、すごく大きな意識の転換を僕は経験した。そして、それは今もずっと僕の中で息づいている。