3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

ネオンテトラに救われた

お題「#買って良かった2020

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カラフルな「メダカ」、ネオンテトラ

外に出るな、人と距離を置け。

ここメキシコでそんな呼びかけがされ始めたのは今年の四月ごろです。

子供は学校に行かなくなり、僕自身も会社に行けない日々が続きました。

 

家の中で四六時中過ごすのが苦手な僕にはそれはストレスのたまる日々です。

そこで家族で話し合って購入したのが、観賞用の魚。

 

ある日曜日にマスク、フェイスシールドを完備した状態で近くにある熱帯魚屋さんに行きました。実はもともと探していたのは熱帯魚ではなく、メダカだったのですが、この国で売っているメダカは、どうも日本のような地味なオレンジ色ではなく、人工的に着色されたような緑や黒のものばかり。

 

そこで、同じぐらいの大きさで試しに買ってみたのがネオンテトラ

1匹25ペソ(130円ぐらい)でした。2匹飼ったのですが、1匹は数カ月して死んでしまいました。でも1匹残っていて、どうも一緒に年を越せそうです。

 

魚も臆病な方が長生きするのか、餌をやるとき以外は、人影が見えるだけで逃げ回るのですが、飼い始めた時の1.5倍ぐらいの大きさになりました。

 

「あれ、こんなにおおきかったっけ」

 

といつも思います。

でも、こいつのおかげで無味乾燥なリビングに、ほっとできるスペースができました。

暇になると、その前に座って、きれいなネオンカラーを眺めることができます。

 

今年の状況は、一つの時代の終わりと始まりを予感させるほどの大きなものだったけれど、魚一匹でこんなに気持ちが和らぐのかということも発見したのでした。

 

アイテムというと魚に失礼ですが・・・。

第62話 エバーグリーン式 タクシーのつかまえ方

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母屋の外にはいつもスクービーがいた

 

食事もすべて済ませ、ステファニーにタクシーを呼んでもらうよう頼んだ。

だけど、この宿がいつも声をかける隣村の運転手は、ボイスメッセージを送ってもいっこうに返事をしてこない。結構真面目なおじさんだと聞いていたが、ステファニーの見立てどおり、前夜のクリスマスイブでどの家もパーティをしていたはずで、ほとんどの村人はまだ起きていないのだろう。

仕方ないので前日のゲストだったドイツ人のセバスチアンに声をかけてくれることになった。その日彼が用事でサン・クリストバルまで行くので、そこに便乗してはどうかとステファニーから提案があったのだ。セバスチアンはその朝ドイツ人宿泊客三人をサン・クリストバルまで連れて行くというのだ。

 

ステファニーが携帯電話からボイスメッセージを送信し、返事を待つと、間もなくセバスチアンから返答があった。

 

「十時半でよければ、喜んで乗せていくよ」

 

だけど僕はいつでも出られるように、もう身支度を済ませていたので、これから一時間も待つ気はなかった。

ああだこうだと二人で考えていたら、思い立ったようにステファニーが外に出て行き、間もなく母屋の裏でタクシーを捕まえて戻ってきた。牧場の脇の道でタクシーを止めることにまんまと成功したようだ。

たまたまその運転手はサン・イシドロ村まで乗客を乗せてサン・クリストバルから来たところで、誰も乗せずに回送するところだった。だから、料金だって二百ペソ(千二百円)で、サン・クリストバルまでダイレクトに向かってくれる。乗り合いタクシーを乗り継いだ往きより当然少し高い。だけど一番近いベタニア村まで一人でタクシーに乗ると百五十ペソかかるのだから、相場よりはだいぶ安い。

僕はそのタクシーに乗ってサン・クリストバルを目指すことを即決した。これを逃すと今度いつどこで車を捕まえられるか分からない。何しろクリスマスなのだ。

娘たちシャヤンやゾエ、それにクリスティーナおばさんはまだ寝ているみたいだし、三日間一緒に乗馬を練習したバーニャやデイビッド、特別ゲストのイギリス人マットとも挨拶はできなかった。だけどまあ、いつかどこかで会える日がきっと来るに違いない。

第61話 3泊4日の旅が終わる朝

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一夜明けたクリスマスツリーは、元気に天井まで届いている

夜が明けたクリスマス当日の朝八時ごろ、身支度をすっかり済ませた僕は、とうとうメキシコシティに戻らなくてはならない。

母屋の前ではいつも通り、中に入ろうと控えている猫たちが待っている。何とか足でブロックしながら扉をすり抜けて中に入ることに成功した。そして三日間お世話になったステファニーに最後の朝ご飯を作ってもらった。そして起きたばかりでいつも以上にもしゃもしゃ頭のサムエルに「グッドモーニング」と挨拶をした。

その日の朝食もやっぱりフルーツ、ヨーグルト、クレープとコーヒーをお願いした。肌寒い高原の朝の空気の中で、チアパス産のコーヒーから立つ湯気が鼻先を心地よくかすめた。

最後に滞在中追加で頼んだワインや、山への乗馬ツアーの追加精算も済ませた。ステファニーはサムエルに馬術セッションの代金を確認して、もう支払いそびれいているお金はないことがわかった。僕はどの旅先でも念のため領収書をもらう癖がついている。

でもエバーグリーン牧場には、経理システムから発行されるような統一書式の領収書なんてない。だから、ステファニーが白いコピー用紙に直筆で滞在費用を書きとめて、一番下にサインをしてくれた。

 

サンクリストバル・デ・ラスカサス

エバーグリーン牧場

2018年12月25日

 

宿泊、食事、馬術アクティビティ代金 3780ペソ

マネージャー ステファニー・ドアレゴン

 

「これでいいかしら。『マネージャー』のステファニーって書いておいたからね」

 

別に役職も何もないんだけれど、と照れくさそうに笑った。おかしくて僕も大笑いした。

 

「ただマネージャーという言葉が好きで、書いてみたいだけなのよ」

 

 僕のように領収書をくれなんていう旅行者は、エバーグリーン牧場

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手書き領収書には女将のサインとともに「マネージャー」と書かれていた


には来ないようだ。

そしてこの三泊四日の滞在費合計金額は日本円でだいたい二万二千円だった。これが安いか高いかは、初体験だらけだった僕には、もはやどうでもよかった。

 

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最終日の朝、晴天。雲が近い。

 

第60話 多国籍な夜はにぎやかに、そして静かに更けて

 

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がやがやと笑顔が絶えないテーブル

 

そのあとは僕もデイビッドもそれぞれの「芸」が終わり、肩の荷が下りたせいで、ぐいぐいワインをあおった。

いつの間にかラテンのダンスミュージックがかかり、踊りが始まった。娘二人、ゾエもシャヤンもアメリカ人とフランス人のハーフだけど、育ちはメキシコだから、結構しなやかかつリズミカルにステップを踏めるのだ。僕は隣に座っていたサムエルを、食卓の横にできた小さなダンスホールに連れ出し、彼は長女のゾエと、僕は次女のシャヤンとペアになって踊った。

 初めてエバーグリーン牧場を訪れた僕が、こんなふうにみんなと打ち解けられてよほどうれしかったのか、僕はサムエルと一緒に机をたたきながらリズムをとり、肩を組んだりしながら踊っていたみたいだ。

覚えていないのだけれど、その様子は僕のカメラに録画されていたので後から知った。いつの間にかクリスティーナが撮影していたのだ。こんな風にして僕のエバーグリーン牧場でのクリスマスイブは、不思議な人のめぐり合わせと、多国籍な料理や音楽に包まれながらにぎやかに過ぎていった。

 

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外では薪がぱちぱちと静かに音を立てていた

一人二人とその場を去っていき、僕も小屋に戻るために席を立ち母屋を出た。芝生の広い草原を横切ろうとすると、サムエルとデイビッドが焚火を前に静かに語らっていた。母屋から黄色くやわらかい明りが漏れる以外は、街灯も何もない。星と月の光のせいで暗いという感覚は全くない。

そんな静けさの中、炎がぱちぱちと音を立てて燃えあがり、二人のほりの深い横顔にくっきりと黒い陰ができている。「お休み」とあいさつを交わし、草の上を僕は再び歩き出した。そして芝生を踏む自分の足音以外は何も聞こえなくなった。

 

第59話 ハレルヤ

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デイビッドのアルペジオがクリスマスイブにしみわたる

 僕が歌い終わってしばらくおかずをつまんでいると、デイビッドが彼の持ち歌「ハレルヤ」をギターで爪弾き始めた。僕は昼間に彼と二人でいるときに、お互いどんな曲を弾くのかを見せ合っていた。そのときに一番だけ聞かせてもらっていたが、フルコーラスを聞くのはそれが初めてだった。

 

I‛ve heard there was a secret chord
(この世には秘密のコードがあるらしい)

That David played and it pleased the Lord
(それをダビデが奏でて、神様が喜んだんだ)

But you don‛t really care for music, do you?
(でも、みんなは音楽なんて関係ないんだろ)

Well it goes like this:
(そのコード進行はこんな風だ)

The fourth, the fifth, the minor fall and the major lift
(四度から五度、マイナーからメジャーへ)

The baffled king composing Hallelujah
(困惑した王は、ハレルヤを作曲したんだ)

Hallelujah. Hallelujah, Hallelujah. Hallelujah

(ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ)

 

 静かにしみるアルペジオの響きは、何やら意味深そうな歌詞に妙にしっくりくる。「ハレルヤ」はレナード・コーエン作曲で、八十年代に歌われた曲だ。でもその後たくさんの人がカバーして、そのたびにヒットするのでいろんな世代に愛されている。最後に四回「ハレルヤ」というキャッチーなフレーズが繰り返されるから、そこは必ず大合唱になる。英語を話さないクリスティーナも、そもそも歌自体を知らない僕も、このサビのパートだけは一緒に歌うことができる。

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スプーンも立派なマイクになる

四番まで続くが二番、三番は長女のゾエがソロで、僕が渡したスプーンをマイク代わりに歌った。堂々として、美しい歌いっぷりだった。そして最後の四番は、ついに真打ちデイビッドが弾き語った。終わると大歓声が起こり、そしてざわざわとにぎやかな会話が再開し、ショーの後の余韻をみな楽しんでいた。

 

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第58話 別れる、別れない?

 

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もはや僕にとってホストファミリーとなったステファニー家族

そして二曲目はマルコ・アントニオ・ソリスというメキシコ人歌手の「トゥ・カルセル」を選んだ。二十年以上も前の曲だけど、メキシコで大ヒットした曲は、いつまでもラジオで流れ続けるから世代を超えて愛されている。この曲もその一つだ。

 

Te vas amor, si así lo quieres qué voy a hacer

(やっぱりいってしまうんだね、だったら僕には何もできない)

Tu vanidad no te deja entender

(見栄っ張りの君には分からない)

Que en la pobreza se sabe querer

(貧しくても好きなら関係ないということを)

Quiero llorar, y me destroza que pienses así

(そんな風に君が思っているなんて悲しくて泣きそうになる)

Y más que ahora me quede sin tí

(そして君がいなくなる今、もっと)

Me duele lo que tu vas a querer

(君がこれからどんなことを求めるだろうって考えると心が痛む)

Pero recuerda, nadie es perfecto y tu lo verás

(でも覚えておいてほしい、完璧な人なんていないし、それが分かる時が来るということを)

Tal vez mil cosas mejores tendrás

(これから無数の素敵なことに出会うかもしれない)

Pero un cariño sincero jamás

(でも真剣に愛されることなんてもう一生ないんだ)

 

貧しい主人公を見放して、金持ちに乗り換える元彼女への気持ち(未練と恨み言ですね)を歌った、メキシコの定番ラブソングだ。

僕がこの曲を選ぶのは、内容が好きとかそういう純粋な理由ではなく、歌うときに使う声域が狭いから、素人の僕にも歌いやすいという技術的な理由による。

 

それにしても本当にメキシコには「別れる」、「別れない」をテーマにした曲が多い。僕がこの曲を歌っている間、知っている人は一緒に歌ってくれた。なぜかこの曲は絶対知らないはずのアメリカ人のデイビッドも、隣から僕の歌詞カードをのぞいて楽しそうに歌っていた。

こんなに喜んでくれるなら、もっと曲を仕込んでおけばよかったと僕は少し後悔した。歌詞が覚えられないという最大の弱点を抱えた僕は、コード進行と歌詞を見ながらでないと一曲も歌えない。

なんだかもう一曲歌った方が盛り上がりそうだったので、勢いに任せて「ユアー・マイ・サンシャイン」を適当に伴奏しながら歌い始めた。ずいぶん短い歌詞なのに、やっぱり二番に入ると歌詞が出てこなかったので、ハミングでやり過ごしていると、代わりにみんなが大声で歌ってくれた。

 

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第57話 見上げてごらん 夜の星を

 

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丸太で作られた長いテーブルの全席が埋まった

みんなが注目して静まりかえる中、僕は坂本九の「見上げてごらん夜の星を」を一曲目に歌うことにした。オリジナルバージョンはほとんど聞いたことがないのだけれど、平井堅がカバーしているのを聞いて、自分でも歌うようになった曲だ。

 

「この曲は、日本で一九六〇年代にヒットした曲で、夜空の星が僕らの小さな幸せを照らすということがテーマになっている。ここの夜空の星が曲のイメージにぴったりだし」

 

 その場で日本語が分かるのは僕だけだから、そんな風に英語で少し解説してからギターを弾き始めた。

 

見上げてごらん、夜の星を

小さな星の、小さな光が

ささやかな幸せを、歌ってる

見上げてごらん、夜の星を

僕らのように、名もない星が

ささやかな幸せを、祈ってる

 

 

別に僕は歌手でもなんでもないけれど、機会があればできるだけ人前でも歌うことにしている。特に多少下手でも盛り上げてくれるのが分かっている場合はなおさらだ。

その夜はすでにワインで酔っていたこともあり、ずいぶん気持ちよく、そして間違わずに歌えたのだ。日本語だから誰も一緒には歌わなかったけれど、どうやら僕が弾き語りするとは誰も思っていなかったみたいで、曲が終わると机をたたいて大歓声が巻き起こった。

 

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