3泊4日で旅に出る会社員の旅ブログ

会社員でも旅に出たいをテーマに、サラリーマンの吉川が、駐在するメキシコを中心に旅した記録をつづります。チアパス州の奥地にあるエバーグリーン牧場を舞台に繰り広げられる人や動物との出会いが第1作目です。

2話 乗り合いバンの助手席

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飛行機で上から見る火山ポポカテペトル


 

とにかく出発。

出発日の12月22日、朝4時半に起床し、自宅前でタクシーに乗り込んだのが5時15分。いつもメキシコシティの空港までは、ミゲルおじさんというなじみの運転手にタクシーをお願いする。この初老の運転手は、時間にルーズなメキシコ人たちの中でひときわ特殊な才能を持っている。つまり指定した時間の5分前には、どんなことがあっても家の前までやって来るのだ。

メキシコに住むほとんどすべての外国人は、人と約束をし、その時間が守られることがどれぐらい難しいか、住めば住むほど実感しているはずだ。でも、この「時間の番人」の様な奇特な運転手と知り合って、僕の生活から「タクシーが時間通りに来ないかもしれない」という、長い間しみついていた心配がきれいに消え去った。もう少しで危なく遺伝子に組み込まれ、次世代に受け継がれるところだった。

 メキシコシティの空港は、早朝にもかかわらず、出国ラッシュで国際線のチェックインカウンターは長蛇の列、国内線は予定どおり出発しないだけでなく、航空会社によるオーバーブッキングで、せっかくの休日に飛行機に乗れなかった気の毒な人たちが続出していた。そんな中、我らがアエロメヒコ航空トゥクストラ・グティエレス行きの便は、定刻通り7時15分にメキシコシティを出発した。

飛行機が離陸し、飲み物サービスで紅茶を受け取り、気づいたらすぐに着陸態勢に入っていたという何とも記憶にまったく残らないフライトで、今回の最初の経由地トゥクストラ・グティエレスの空港に僕は降り立った。

離陸後すぐに眠ったみたいで、知らない間に一時間経っていたのだ。実はほとんどのフライトで、僕は同じことを繰り返している。加速する機体のシートに自分の背中が押し付けられると、まるであお向けになって布団で寝ているみたいに、気持ちよく意識を失ってしまう。さらに朝飲んだ風邪薬が眠気に追い打ちをかけた。

 

乗り合いバン

 

この冬は珍しく風邪をひかないと思っていたのに、年末の最後の最後で一番楽しみにしていた旅行初日の朝、嫌な喉の痛みを感じていた。12月になってメキシコを襲った寒波は、砂漠地帯を抱える北部で、死者が出るほど厳しいものだった。

僕と家族が暮らすメキシコシティでも、朝には摂氏二度を記録するなど、もうすぐで氷点下の寒さだ。日本と違って暖房がない我が家では、ベッドから出るのがつらいほどだ。

今回の旅の目的地のチアパス州には、殺人的な暑さのパレンケ(夏に行くとシャワーの水が体温より熱い)みたいな場所から、これから陸路で経由する予定のサン・クリストバル方面の、肌寒い高地まで気候がまったく違う地域がモザイクのように存在する。

その日降り立ったトゥクストラ・グティエレスは、標高が低く、かなり暑い部類に入る地域だ。だけど空港からサン・クリストバルに向かう乗り合いの小型バンに乗り込み、席が埋まるのを待っている間、窓が全開の助手席に座っていると、結構な肌寒さを感じた。

 この乗り合いバス、実はエバーグリーン牧場の案内にあった250ペソよりさらに安く、200ペソだった。僕はもっと豪華でゆったり乗れる車には、今回は目もくれず、安さ重視で即決した。その分、定員は15名だとしても誰でも彼でもぎゅうぎゅう詰めてきそうな雰囲気はある。

さらに外国人よりは地元の人を乗せる車だから、一人ひとりの荷物は強烈に大きい。だけど荷物用のスペースであるはずの場所が座席になっていていっぱいだ。

僕はこういうときにも慌てず、ゆったりできる助手席を選ぶ。タクシーに家族と乗るときも、たいてい運転手の隣に座ることになる。僕以外の女性3人は後部座席のシートにすっぽり収まるので、必然的に体がでかい僕は助手席に座るという暗黙のルールが存在する。

そうして助手席乗車キャリアを長年積んで気づいたことがいくつかある。

まず、運転手は助手席にコーラやらタオルやら新聞やらを雑に置いていて、そもそも客がそこに乗るかもしれないことを忘れて席を私物化していることが多い。

それほどそこに最初から乗ろうという人は少ないのだが、実はそんな忘れられた席にはメリットが多い。例えばフロントガラスから景色が楽しめる特等席であること、運転手からその土地のうまい食べ物の話を聞き出せること。

おまけにエアコンがガンガンにきいていれば、勝手につまみを操作できる。これはエアコン人工的な寒さが苦手な僕には大切なポイントだ。そして何よりスペースが広いのだ。

 

満席でないと出発しないのだ

 

 すでに習性になっているせいで、この乗り合いバンにも何も考えずに助手席に乗り込んでいた。だが、20分ほど待っても空席が半分ぐらい残ったままで、なかなか出発しようとしない。

朝の涼しさを楽しんでいたはずだったのだが、だんだん早く出発せんかなと短気になりかけていた。そんなところに、ようやく他の飛行機が到着したのかポツリポツリと乗客で席が埋まり始めた。そろそろ出発だなと身構えていると、客を車へ誘導している細身の兄さんが、まったく予期しないことを言い出した。

「すんません。このお姉さん、その間の席に乗せてあげて」

「その間」というのは、運転手と僕の間の狭い臨時席のことだ。普通は使わないはずの席だ。だいたい男なら尻がはみ出すぐらいの小さなシートに客を座らせて、お金を取ろうという魂胆が良くない。

変速ギアが運転手席の右横にある格段に小さなこのシートに、申し訳なさそうについてきた若い女性をねじ込んできたのだ。

そんなわけで僕の「1時間ゆったりバン私物化プラン」はやむなく崩れ去った。僕は一度車を降り、ショートヘアでぱっちりとした目の彼女を、渋々真ん中の席に通した。彼女はサン・クリストバルまでの約1時間を、ずっと足をそろえたまま、バッグを膝の上で抱きしめていないとならない。隣の僕まで申し訳なくなってくるほどだ。

ようやくバンは地元に帰る人や旅の途中の人を満杯に載せ出発するようだ。

屋根の上にはスーツケースをいくつものせてロープで括り付ける担当の兄ちゃんが切羽詰まった顔で下から放り投げられる巨大なスーツケースを受け取っては屋根に並べている。

屋根にしっかり固定し終わったのを確認し、やっとバンはサン・クリストバルに向けて走り出した。