翌朝の目覚めは快適だった。喉の痛みはサン・クリストバルの薬局併設診療所で、大柄な女医のお姉さんから処方された薬がきいたのか、ほぼ感じなくなっていた。ひどくなったときにと抗生剤をもらったが、今回は使わないで済みそうだ。
「とにかく水をたくさん飲みなさい」と言われたとおり、僕はずっとペットボトルを携帯し、馬術アクティビティの間もひたすらこまめに水を飲み続けたのだ。
母屋の前にはいつも六人掛けのテーブルと椅子のセットが据え付けてあり、犬たちが我が物顔でテーブルの上に寝そべっている。入り口の前には木のベンチがあって、猫たちはいつも隙があれば中に入ろうと狙っている。足元の猫が入ってこないように気を付けながら、母屋の扉を開けるとステファニーが迎えてくれた。相変わらずのにっかり笑顔だ。
「眠れた? 寒くなかった?」
いや、それはもう寒かったですと、僕は正直に感じたことを言った。
「毛布を全部かぶって、あんまり顔が寒いから目から上だけ出して寝たよ。あの部屋の隣のキッチン、窓ガラス何でないの?」
それを聞いてステファニーは、くすくす笑った。
「それはサムエルにきいてね。まだつけてないけど、いずれつけると思うよ」
いや、できれば今すぐにでもつけてほしいなあと思いながら、まあ面白いからいいことにした。
「ところで朝ごはんは何がいい? フルーツ、ヨーグルトは出すけど、全粒粉のパンにトマトと玉ねぎと卵をのせてもいいし、クレープも作れる。手焼きの出来立てトルティージャもあるよ」
メキシコの果て、隣国のグアテマラにほど近いこの場所で、フランス人の女将が出す朝食は、素材の味を最大限に活かして食べる果物と野菜が中心のスタイルだ。でも決してフランス風に偏っているわけではない。
メキシコのフリホルと呼ばれる豆料理も出てくる。できればあまり食べたことがないものを毎食食べようと、その朝僕はクレープをお願いした。
日本でよく知られている、もっちりとした生地感だけは同じだが、砂糖で甘くしたものではなく、どちらかと言えば薄い塩味がする。
それにはチョコレートやジャムではなく、食卓に並んだ野菜や豆のおかずをのせて、巻いて食べるためのものだ。パンやご飯の代わりだ。ステファニーは「わかった」というとあっという間にフライパンで生地を焼いて僕の目の前に置いた。トマトや玉ねぎをその上に置き、鶏肉とフリホルものせてほおばった。
見た目で想像するよりずっとしっとりと柔らかく、一口で気に入ってしまった。そしてステファニーはコーヒーをいつの間にか用意していた。豆は地元のサン・クリストバル産で、コーヒーミルで直前に挽いたみたいだ。僕は決してコーヒーに詳しいわけではないけれど、チアパス州でとれるコーヒーは酸味が強いのが特徴だと聞いたことがあった。でも、その淹れたてのコーヒーは、酸味より深く香ばしい香りが勝っていて、飲むと思わずほっとため息が出た。